2006年12月22日

日本アカデミー賞についての北野武の言葉

昨年は、東映さんだったから、今年の受賞作品は、それじゃ松竹さんで・・・とかやってる持ち回り制みたいな、日本アカデミー賞なんてクソだ。−東京芸大北野ゼミでの北野武の発言


正直いって日本の映画賞で極端に信頼性の低いのがこの日本アカデミー賞です。


なぜならどんなに素晴らしい作品でも独立系の作品が受賞することはないからです。東宝、松竹、東映の三大メジャー作品以外まず受賞する可能性はありませんから。


それでも昔は1981年の第4回に鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」(!)が最優秀作品賞を受賞していて骨のあるところをみせていましたが、近年のアカデミー賞はひどいですね。


完全に東宝、松竹、東映でまわしている感があります。


日本アカデミー賞は4376名の会員の投票で決定されるので票の操作はありえないと思うのが普通でしょうが、はっきりいって会員全員が今年公開された映画を全部観ているとは到底思えない。


おそらくほとんど観ていない人もいるのではないでしょうか。


したがって彼らはその所属する部署の関係性だけで選ぶと考えられます。


2006年度会員数4,376名
<会員所属内訳> 俳優 142(人)
日本映画テレビプロデューサー協会 117
日本映画監督協会 159
日本シナリオ作家協会 74
音楽家 20
外国映画輸入配給協会 19
日本映画テレビ技術協会 153
日本映画・テレビ録音協会 38
日本映画・テレビ美術監督協会 28
日本映画照明協会
日本映画・テレビ照明協会 63
日本映画撮影監督協会 82
日本映画・テレビ編集協会 32
松竹 329
東宝 341
東映 465
日活 95
角川ヘラルド映画 40
全国興行生活衛生同業組合連合会
東京都興行生活衛生同業組合 19
マネージャー(映画俳優を抱えるプロダクション) 132
その他(フリーの映画スタッフ、ヘアメイク、スタイリスト、結髪、背景、衣裳、殺陣、記録、演出、助監督、助手及び評論家、プレス等の方々) 1,043
賛助法人会社社員 823
関係者(協会運営関係者) 162


なんというか・・・松竹 329・東宝 341・東映 465・・・映画会社の人間は自分のところの会社に投票するしかねぇじゃねーか!!もし自分が東映の社員で東宝作品に投票したことがばれたらどうなるか、バカでもわかるよ!


マネージャーってなんだよ・・・自分の事務所の俳優に投票するに決まってんだろ!


・・・・まぁいいや、俺の関心事は違うところにある。まず長澤まさみ姫がどんなドレスを着て登場するか!が一番重要だ。


世界の中心で愛を叫ぶで最優秀助演女優賞を受賞した時は大胆に肩をあらわにしたドレスに度肝を抜かれ、受賞後号泣した姿に激萌→死亡した経験がある身としては今年の主演女優賞のドレスにも要注目だ。(多分受賞はないので)
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あとはやはり助演女優賞を蒼井優ちゃんは取れるのか?につきるな。普通の映画賞であれば蒼井優の圧勝だと思うが、なにせ日本アカデミーですから富司純子受賞ということも十分ありうる。
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アカデミー会員には相当お年を召した映画関係者が多数いますから、かっての大スター藤純子(富司純子)に取らせたいという人がたくさんでてきそうなのが・・・。


それと地味に要注目なのが最優秀アニメーション作品賞ではないでしょうか。今年のアニメは時をかける少女一本で決まりなのは衆知の事実ですが、ここでもしゲド戦記が受賞することになったら・・・・・祭りのはじまりです!
posted by シンジ at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月21日

「硫黄島からの手紙」イーストウッドの視点・水道橋博士の視点

硫黄島からの手紙を観た。二宮和也は素晴らしいな。異常な状況下でのごくごく普通の青年を見事に演じている。重苦しい雰囲気のなか、常に軽口と憎まれ口をたたく二宮の姿がこの映画の救いになっている。


米国アカデミー賞にノミネートされてもおかしくない素晴らしい演技だ。


そして映画もそんな二宮和也演じる西郷に寄り添うように進んでいく。


硫黄島には数々のエピソードがあり、栗林忠道中将(渡辺謙)、バロン西(伊原剛志)などの高潔な人物もいて映画としての題材はいくらでもある。だが監督のクリント・イーストウッドはそうした数々のエピソードを切り、二宮和也演じる西郷の視点一本にしぼる。


そのことに対して不満に思う人がいるのは当然だ。その一人が浅草キッドの水道橋博士である。博士は自身の日記「博士の悪童日記」にこうしるしている。


この映画では、
「5日ともたない」と言われた、
米軍による大物量作戦の、総攻撃に対し、
"負ける"ことが分かりながらも、
36日間も耐えてみせた、日本軍の戦術の意図が見えない。

総指揮官として、生きて帰れぬとわかっている、
硫黄島に送られた、
栗林忠道中将が日米開戦に強硬に反対した、
米国に留学、駐在体験がある親米派でありながら、
敗戦濃厚であり、本土爆撃を回避するためにも、
(もっと言えば日米講和の可能性も考えて)
部下の自決を許さず、
つまり、武士の本懐でありうる"バンザイ特攻"を許さず、
生きて居ることの方がつらいであろう、
生き地獄の長期ゲリラ戦を選んだ、
崇高なる意志が伝わらない〜 と思うからなのだ。

硫黄島の地政学的な意味も説明不足であるし、
時間軸が自在な映画の特性を考えれば、
栗林中将が、
「決してあってはならない」と悪夢を想像し続け、
この地獄の島に踏ん張るモチベーションとなりながら、
実際は、起きてしまった東京大空襲の地獄を、
映画で描いて欲しかった。

民間人が巻き込まれる、その地獄を回避するために、
軍人として、この地獄へ飛び込んだのだし、
それは史実そのものなのだから。

また、灼熱地獄のなか、
島の全土、18キロにも及び塹壕を掘り作すことの労苦は、
『大脱走』や『戦場にかける橋』のような、
来る日も来る日も続く膨大な時間を感じさせないし、
島には飲料水が無く、栗林中将自らが率先し、
一日、コップ一杯の水を使いまわしたほどの耐乏生活も、
補給物質、援軍も絶たれ、大本営から見放された犬死の
無念さも、活字で斟酌できるほどには伝わらない。

そして、戦闘シーンですら、
「父親たちの星条旗」に比べれば、むしろ平坦だ。

第2次大戦のなかで硫黄島は米国軍として、
最も人的打撃を受けた戦闘ではあり、
その様が反映されたのが、
前作の映画史上に残る悲惨、残忍な描写であった。
しかし、日本軍はそれ以上の死傷者であり、
2万人の兵隊の9割以上が亡くなったことを考えれば、
それ以上の大殺戮シーンがあって然るべきものだとも思う。
(無断引用ご容赦)


水道橋博士の気持ちは痛いほどわかる。だがイーストウッドはあえて戦場での幹(みき)を見ずに枝葉の部分を注視したのだと思う。


この映画の実質的な主人公は偉大な戦略家である栗林中将でもなく、華やかな経歴をもちハリウッドスターとも懇意だったバロン西でもない。


どこか冷め切っていて、ただ家に帰ることだけを望んでいるひねくれた男、普通の庶民である西郷(二宮和也)である。


イーストウッドが全力をかたむけて撮ったのが英雄ではなく、戦場での庶民だったことに重要な意味がある。


無論イーストウッドがそう選択したことによって、博士の指摘する数々の問題点が浮かび上がってくるのも事実だ。


だが俺は博士の指摘する問題点はすべて、アメリカ人であるイーストウッドが描くのではなく日本人が描くべき問題であり、いままで硫黄島を黙殺してきた日本人の怠慢の問題だと思っている。


この硫黄島の映画を日本人ではなく、アメリカ人に撮られてしまったことは痛恨のきわみとしかいいようがない。


できればこの硫黄島での戦いを数々のエピソードを網羅し、戦場でのくわしい経過をなんの感傷もイデオロギーもはさまずにドキュメンタリータッチで日本人監督に撮ってもらいたい。


かって水道橋博士の師匠である北野武は敗戦国の視点から太平洋戦争を映画化してみたいと語ったことがある。北野武が描く硫黄島を夢想しつつ採点は80点。


硫黄島についてのテレビ番組がYouTubeにありました。短いですが胸にズシンときます。
青山繁晴 硫黄島現地取材その1
硫黄島現地取材その2
posted by シンジ at 06:46| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月18日

意表をつかれた「暗いところで待ち合わせ」

暗いところで待ち合わせを観た。盲目の女性が主人公のサスペンスという事前情報にオードリーヘップバーンの暗くなるまで待って(1967年)という映画を思い出し、そんな感じなのかなぁと漠然と考えていたら、違った。


この映画人間ドラマなんだね。ひとりの孤独な盲目の女性と職場で疎外感をあじわう男の奇妙な邂逅。そして奇妙な共同生活。


このふたりの孤独な生活を丹念に描いていて、正直いっていささか退屈に進んでいく。


この作品の肝であるふたりの奇妙な同居生活もさほどサスペンスが盛り上がるわけではなく、むしろ心を閉ざしたミチル(田中麗奈)が外に出ようかどうか迷うシーンでアキヒロ(チェン・ボーリン)が急に出てきて外へ出るよううながすシーンに思わず感動したりして、観ている方もこれがサスペンス映画だという思い込みが無くなってくる。


フーン・・・この映画って一風変わった人間ドラマをやりたかったんだね、といささか拍子抜けしていると・・・・・不意打ちを喰らう!


最初サスペンス映画だという思い込みから、全然サスペンスが盛り上がらない展開にあれっ?と思い、それでも人間ドラマとして盛り上がってきたなぁと思っていたら・・・・・この急激な展開にびっくりする。


これ製作者は完全に狙ってやってますね。サスペンスのかけらもないたるい展開で観るものを油断させておいてガツンと不意打ちを喰わせる。


いや、なんか井川遥のキャスティングに違和感はあったんですよ。なんか井川遥ミスキャストだろうって。でもこのキャストで正解、井川怖え〜っ(笑)


田中麗奈の盲目の演技は武士の一分の木村拓哉よりうまいですね。田中麗奈は映画一筋のわりには映画ファンの評価があまり高くないと思っていたんですが、この作品で演技者であることを証明しました。


チェン・ボーリンは雰囲気はありますが、日本語のセリフが少し聞き取りにくかったです。


こういう映画ってなんの情報も入れずに観るにかぎるね。全然期待しないで観るぶん評価がだいぶアップするから。というわけで作品の評価は78点。
posted by シンジ at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする