2011年04月13日

第二部「冷たい熱帯魚と関根元」

第一部「園子温のキリスト教理解は見せかけか・ジル・ド・レ篇」の続きです。

第二部「冷たい熱帯魚と関根元」

「園子温のキリスト教理解は見せかけか」第一部ジル・ド・レ篇では「冷たい熱帯魚」はキリスト教的殺人鬼を描いていないことを指摘し、キリスト教的殺人鬼の代表であるジル・ド・レを例に出して、「正しいキリスト教的殺人鬼とは何か」について書いた。

第二部の関根元篇はどうして園子温は「冷たい熱帯魚」でキリスト教的殺人鬼を描けなかったのか?それは「冷たい熱帯魚」の実在のモデルである愛犬家連続殺人事件の主犯関根元という男に原因がある。では関根元とはいったいどういう人間なのか、について書きます。

ジル・ド・レと関根元の最大の違いは、ジルの犯行が純粋に自身の悦楽のためであるのに対し、関根の犯行はすべて金銭トラブルが原因だということにある(関根の共犯者Yが関わった4人の殺害理由はすべて金銭トラブル)。

関根元はその殺害人数、残虐性に関してはジル・ド・レにも劣らない。関根自身の発言によれば10代の頃から殺し始めて合計35人。警察の調べでは関根の周辺には原因不明の失踪者が11人はいる。

しかしいずれも犯行の動機は金銭がらみであり、ジル・ド・レの犯行をあえて「貴族的犯罪」というなら関根の犯行は「ブルジョワ的犯罪」といえる。自分の目先の利益にのみ汲々とし、自身の財産を確保し、それをいかに増やすか、ということしか考えていない典型的ブルジョワ犯罪。それではどうしたってキリスト教的聖性をおびようがない。

映画の実際のモデルである関根元にはまるでキリスト教的な部分がない。ではこの映画のでんでん演じる村田はまったく魅力のない人物なのかというと、そうではない。園子温はでんでんにキリスト教的な崇高さをまとわせることには失敗しているが、一種異様な迫力、別の意味での奇妙な崇高さをまとわせることには成功しているのである。

関根元は映画のでんでんと同じように愛想が良く、陽気に喋り、人をそらさない人物だった。被害者はみな関根に人間的な魅力を感じていただろう。だが・・・

アフリカケンネルの犬舎には百匹以上の犬がいたが、関根の姿を見ると犬は急に吠えるのをやめ、犬舎は嘘のように静まりかえった。ー「共犯者」山崎永幸

犬たちは人間と違い関根の本質を見抜いていた。ほかの人間とは明らかに違う常軌を逸した“なにか”を見ていたのだ。自分たちの生命をおびやかす「捕食者」としての関根の本当の姿を。

「人間の死は、生まれたときから決まっていると思ってる奴もいるが、違う。それは関根元が決めるんだ。俺が今日死ぬと言えば、そいつは今日死ぬ。明日だと言えば、明日死ぬ。間違いなくそうなる。何しろ俺は神の伝令を受けて動いているんだ」ー「共犯者」より関根元の発言

野生に近い動物である犬が見抜いた関根の本質とその殺人哲学が、この男の異様な迫力を生み出す。関根元は共犯者であるY氏に自身の殺人哲学をこう話している。

その一、世の中のためにならない奴を殺る。
その二、保険金目的では殺さない(すぐ足がつくから)
その三、欲張りな奴を殺る。
その四、血は流さない(毒殺)
その五、死体は全部透明にする。

殺害理由自体はつまらない金銭トラブルにしかすぎないものの、殺害し、死体を解体する段(ボディを透明にする・・・)にいたってはなんの悩みも迷いもない。確固とした殺人哲学があると同時に、我々とは人としての視点が違っているからだ。関根は決して気が狂っているわけではない。我々とは単に「視点」が違っている。

私たちは「人」を、自分の同胞、同じ生き物、自分と同じ存在として見ている。つまり「人」を殺すことは「私」を殺すことと同様の意味がある。だから私は「人」を殺さない。決して法律が禁じているから人を殺さないわけではない。

関根元も最初はそうだった。

「これまで大勢殺ってきたけど、最初は俺も怖かった。膝ががくがくして立ってさえいられなかったもんだが、要は慣れの問題だ。」ー「共犯者」

関根元にとっても最初は「人」は「私」だったのだ。だが、

処罰されずにすんだ最初の犯罪ほど悪者に勇気を与えるものはないー「ソドム百二十日」マルキ・ド・サド

関根元の中でガラリと視点が変わる。「人」は「私」じゃない。「もの」にしかすぎないと。「人」が「もの」になるとはどういうことか。簡単に言えば対象を「家畜化」するということだ。「人」=「私」という当たり前の観点が消え失せ、自分のために利用できる「もの」になる。「家畜」を利用したり、殺したりすることをためらうものがいないのは「家畜」は「私」と同じ生き物でなく、同胞でもなければ、同じ存在でもないからだ。

関根の犯行のきわだった特徴に被害者の「ボディを透明にする」というのがある。つまり遺体を細かく解体し、この世から完全に消すことだ。

「お前、これが何だか分かるか?」
関根は両手に何かを乗せていた。奴が手にしていたのは十センチ四方の赤黒い塊りだった。
「これがK(被害者)のヒレ肉だ。お前、人間のヒレ肉なんか見たことないだろう。滅多にない機会だから、しっかり見とけ。ちょっと触ってみるか。遠慮するな。お前だって牛のヒレ肉くらい食うだろう。変わりゃしないって、とれたてホヤホヤのヒレ肉だ。触ってみろ」ー「共犯者」より

普通、私たちは人の死体を「もの」あつかいできない。どんな無神論者でも、連綿と続いてきた宗教の、信仰の歴史から逃れることはできない。つまり人は人の死体に「霊的」なものを見ている。魂といってもいい。「身体」は「魂」の器であるから、たとえ「死体」となっても「霊性」をおびたままだ。私たちはそれがあるから死体を傷つけたり、無下に扱うことができないのである。

だが、しかし関根元はいともたやすく死体を「もの」あつかいし、流れ作業のように、まるで食肉をあつかうがごとく死体を解体する。

関根は人に霊的なもの、魂を一切認めないのである。

ここに関根の思考の空白が、恐るべき思考の断絶がある。その断絶こそ私たちと関根をへだてるもの、世界と関根をへだてるものだ。歴史からも断絶された存在としての関根元。

・・・とはいうものの、実際の関根元は俗っぽい、野卑なだけの脂ぎったおっさんだったろう。そうした野卑なだけのおっさんにある種の崇高さをまとわせたのは園子温の演出力のたまものだ。

「冷たい熱帯魚」のラスト近くのある場面、弁護士と運転手の二人を殺害して、彼らを「透明」にした後、遺体の残りを捨てる橋の上で、でんでん演じる村田(=関根元)は吹越満演じる社元に説教する。その圧倒的な説得力。なぜこの鬼畜のような男の説教を聞いてるだけで膝がガクガクと震えるような興奮をおぼえるのか。

でんでん(=関根元)がブルジョワ的利益追求型犯罪者という俗物性を超えた、異様な崇高さをおびるのはその時である。人と世界との断絶ー世界から孤立した存在としての人ーが立ち現れるその時、でんでん(=関根元)は崇高さをまとう。

崇高さというのは別にほめ言葉ではない。我々の理解の外にあるもの、思考の範囲外にあるもの、言葉にできないものをとりあえず「崇高さ」と呼ぶ。つまり我々の世界と断絶しているでんでん(=関根元)が崇高さをおびるとはそういう意味です。

結論としては・・・園子温は映画のキリスト教描写にこだわらなくてもいいんじゃないか。以上。
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2011年04月10日

園子温のキリスト教理解は見せかけか第一部ジル・ド・レ篇

今、最もノリにノっている映画監督と言えば園子温であることに異論はないだろう。日本映画史の中で特別な位置を占めるであろう特別な傑作「紀子の食卓」、園子温の才能と情熱が爆発した大傑作「愛のむきだし」、そして最新作の「冷たい熱帯魚」と10年に1本の作品とよべるような傑作を連打している。

ただ不満がないわけではない。園子温映画のキリスト教描写に関してである。「愛のむきだし」はキリスト教描写が映画の本質に関わっているし、なによりあの満島ひかりがコリント書第13章を唱えるシーン

「山を動かすほどの完全な信仰を持っていても愛がないなら何の値打ちもない。最後に残るものは信仰と希望と愛。その中で最も優れているものは愛。」

このシーンはここ10年間のベストシーンと断言できる。

だが、しかし「冷たい熱帯魚」のキリスト教描写はどうだろう。あきらかに映画の本質と関係のないおざなりな描写でしかないのではなかろうか。私は正直いって「冷たい熱帯魚」のキリスト教描写に納得していないし、もっと言えば「惜しい」と思っている。なぜならば、誤解を恐れずに言うと、

「キリスト教」と「殺人鬼」くらい相性のいいものはないのだ。

私は今から「正しいキリスト教的殺人鬼」について書きます。なぜなら「冷たい熱帯魚」は「正しいキリスト教的殺人鬼」を描いていないからだ。園子温はせっかくそれを描くチャンスがありながら、みすみすそのチャンスを逃してしまっている。結局園子温のキリスト教理解はその程度でしかなかったのかと失望したからなのだ。

では完璧な正しいキリスト教的殺人鬼をご紹介しましょう。それこそ、かのジル・ド・レ殿下であります。

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ジル・ド・レ
1404年生まれ。フランス王国ナントの大貴族にして、広大な領地を持つ大富豪でもある。1429年、ジル・ド・レはジャンヌ・ダルクの側近として共に進軍、イギリス軍からオルレアンを奪還。シャルル7世をランスで戴冠させフランス王国元帥となった文字通りの救国の英雄。しかし自身の庇護者であった宰相ラ・トレモイユが失脚すると政治の表舞台から消え、自らの居城に引きこもり、悪魔降臨の儀式を頻繁に行い、幼い少年たちを拉致してはむごたらしく虐殺した。殺した少年の数は100人以上といわれている。1440年処刑。

いったい、ジル・ド・レは何をしたのか?ジル・ド・レとその協力者の証言が裁判記録として残っている。以下グロ描写あり注意!




ジル・ド・レがはじめて犯罪に手を染めたのが1432年、28歳の頃。それ以来一貫して幼い少年たちを拉致してむごたらしく殺害してきた。ジルの部下たちが少年たちを居城に連れ込むと、ジルは少年たちを犯し、ありとあらゆる方法で拷問を加え、死にかけた少年の上に腰掛けその死にゆく様を眺め、死んだ後も犯し、腹の上に射精し、腹を切り裂いて内臓をつかみだして楽しんだ。また切り取った少年たちの首を並べ、どれが一番美しいか配下たちと選び、一番美しい首とくちづけをした。居城の地下には45体もの子供の白骨死体があったという。

吐き気をもよおす残虐非道な犯罪だが、ジル・ド・レは敬虔なキリスト教徒でもあった。そして驚くべきことにジル・ド・レのなかでこれらの犯罪は自身の信仰となんら矛盾していなかったのだ。

キリスト教は恐るべき罪業の要請であり、ある意味ではそれを必要としているのだ。なぜなら、それは罪があって始めてその罪を赦すものたりえるからであるからだ。ー「ジル・ド・レ論」ジョルジュ・バタイユ

ジルの精神がどのように混乱していたにせよ、この混乱はキリスト教と矛盾するものではなく、ジルの魂は救われる運命にあったと見るべきだろう。キリスト教とはもしかしたら免罪を得るために必要とされる罪の要求、恐怖の要求かもしれないのである。キリスト教はキリスト教だけが堪えることのできる狂気の暴力をそれ自身のうちに含んだヒューマニティと結びついているのである。レェ候の犯罪はそのまま狂気のキリスト教的衝動なのである。ー「幼児殺戮者」澁澤龍彦

すなわちキリスト教は「罪」を要請し、それを「赦す」ということで成立する。

ジル・ド・レは子供たちの腹を裂き内臓めがけて射精する絶頂の中で感激にうち震えていたのだ。

「こんなにも残虐非道な悪行をなす罪深い私でさえも神は赦したもう!」と。

恐るべきことにジルの精神の中では信仰と虐殺は矛盾していない。子供たちの首や手足やはらわたが飛び散る血みどろの居城のなかでジルはあの神秘的な恍惚体験ー「法悦」ーと呼べるようなものを体験していたのだ。

法悦とは・・・神の神髄に触れることで湧き起こる至上の喜び。ー「美の巨人たち」

神と交信する奇跡的な体験をした聖女たちの姿を17世紀イタリアの偉大な芸術家ベルニーニが彫刻にしている。聖テレジアの法悦と福者ルドヴィカ・アルベルトーニの像である。

聖テレジアの法悦
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福者ルドヴィカ・アルベルトーニ
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この二人の聖女の表情を見て欲しい。神と触れあうことによりあきらかにエクスタシーを感じている。それこそが「法悦」なのだ。

また13世紀イタリアの聖女アンジェラ・ダ・フォリーニョは法悦体験をこう話している。

「わたくしは神を暗黒のなかに見た。なぜなら神はあまりに偉大な善なので思考されることも理解されることもできないからである。思考され、理解されるような何ものも神に至り着くことはなく接近することもない」ー「体験の書」アンジェラ・ダ・フォリーニョ。「内的体験」より引用

自分の犯したどんなおぞましい罪悪も偉大な善である神は一切の躊躇なく赦してくれる!その並外れた感動と殺人の悦楽が混じり合った果ての法悦・エクスタシー。それは神とジル・ド・レが一体化した瞬間である。

1435年ジル・ド・レはマシュクールにサン・ジノサン礼拝堂を創立する。
サン・ジノサン(聖なる幼児たち)礼拝堂とはマタイ福音書に書かれるヘロデ王に虐殺された幼児たちのために建立された教会である。イエス・キリスト誕生を恐れたヘロデ王がベツレヘムに住む2歳以下の幼児を全員殺害したことから名付けられた。

ジルはあきらかにヘロデに殺された幼児たちと自分の殺した子供たちを同一視しており、サン・ジノサン礼拝堂創立は殺した子供たちへの贖罪のためというより、キリスト教の歴史と自分の所業とを同一視し、自分の悪行をより「演劇化」するためのものに他ならない。「劇的」であればあるほど子供たちを虐殺したときの恍惚感は高まり「法悦」へといたるからだ。

ジルの生涯最大のハイライトはジャンヌ・ダルクと共にオルレアンを奪回したときではなく、自身の裁判にある。裁判にかけられたジルは最初こそ露骨に裁判官をバカにしていたが、聖職者からキリスト教破門を宣告されると激しく動揺し、すべての罪を告白するから破門を解いて欲しいと懇願する。そしていままでの裁判官を愚弄するような態度を改め、涙ながらに自分の犯した大虐殺を自供するのである。自分の犯した吐き気をもよおすような惨劇の一切を裁判官と聴衆の前で告白するジル・ド・レ(聴衆にもわかりやすいようにとラテン語ではなくわざわざフランス語(世俗語)で話すことの許可を求めた)

ここに驚くべきキリスト教的光景が出現する。聴衆はジルの聞くに堪えない犯罪告白に悲鳴を上げるが、罵声を飛ばすものは一人としていなかった。裁判官も聴衆もジルの許し請う姿に感動し、裁判官などは尊敬の念を持ってジルに接したのだ。死刑が決まったジル・ド・レは裁判官にこう懇願する。

処刑当日に新塔の独房から処刑場までのあいだを連行されるジルに、ナント司教自身とその他の聖職者たちにみちびかれた市民たちがつきそい、彼と彼の共犯者たちのために神に祈って欲しいというものだった。ー「青髯ジル・ド・レの生涯」清水正晴

本来なら群衆から罵詈雑言が飛び交ってもおかしくない状況のなか、処刑場まで歩くジル・ド・レに対し罵声ひとつおきなかった。群衆はこの悪逆非道なフランス王国元帥の許しを請う姿に心底感激したのだ。これこそキリスト教的光景と言わずしてなんといおう。ジル・ド・レはその子供たちへの虐殺と自身の処刑によって完全にキリスト教と一体化したのだ!

ここまで書いてきた正しいキリスト教的殺人鬼の条件とは
度を越した「罪」、惜しみない「赦し」、絶頂的恍惚感「法悦」の三点セットである。

園子温はそこがまったくわかっていないのか「冷たい熱帯魚」のキリスト教描写は見せかけだけのお飾りにしか見えない。ゆえに園子温のキリスト教理解は浅いのではないかという疑念が晴れない。

ただその責任を園子温のせいだけにするのはフェアじゃない。そもそも「冷たい熱帯魚」のモデルである愛犬家連続殺人事件の主犯関根元自体がキリスト教的聖性をまるでおびてない俗物だからだ。

ここで第一部・ジル・ド・レ篇を終わります。次回は第二部・関根元篇です。長文すぎて誰もここまで読んでないだろうがなっ!

続きです。第二部「冷たい熱帯魚と関根元」
posted by シンジ at 16:45| Comment(1) | TrackBack(1) | 映画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

暴力は映画に何をもたらすか・冷たい熱帯魚をめぐって

「冷たい熱帯魚」を見て映画が過去100年以上にわたって描いてきたものの正体を見る。

日本映画最初の劇映画は1899年製作駒田好洋「ピストル強盗清水定吉」という日本初の拳銃強盗事件を題材にした実録映画であり、アメリカ映画最初の劇映画は1903年製作「大列車強盗」(The Great Train Robbery)であるのをみてもわかるとおり、映画はその起源から暴力を描いてきた。

しかし映画で描かれる暴力に対して嫌悪感を持つ人は多く、それだけで映画を受けつけないという人もいる。たしかに暴力は嫌悪すべきものです。しかし多くの人が映画の暴力描写への嫌悪を表明するだけにとどまり、嫌悪の先にあるものを見ようとしない。

なぜ人はそこまで暴力を嫌悪しながら、映画史の起源から今現在に至るまで暴力を題材にした映画を止むことなく作ってきたのか。そのことを考えることは映画の本質を、ひいては人間の本質を考えることにつながるのではないか。

映画のことを語る前に、まず人にとって暴力とは何かを考え、その次に映画にとって暴力とは何かを探っていく。「冷たい熱帯魚」評を期待された方は申し訳ありません。これは映画評ではありません。

暴力が人にもたらしたもの。

人の起源は社会の組織化の起源にある。狩猟をするにも一人より多数。外敵から身を守るにも一人より多数。最少個体から集団化、組織化へと個体をうながしたものは「暴力」への「恐怖」にほかならない。

みずからの生命を温存し、かつ脅かす獲物=害獣への恐怖。みずからのテリトリーを犯す外敵、闇への恐怖が人を組織化させ社会を作り上げた。

「暴力」が「起源」としての人間社会。

そして人間社会という組織が構築されたとき、それは人に「外部」「内部」という概念を生じさせる。

組織の「外側」(闇の世界、外敵のいる世界、組織化されえない世界)と「内側」(組織化された私の世界)

つまり「外部」という概念が人に「内部」という「意識」をもたらしたのだ。それが「意識」の起源といえるだろう。

だが、その「意識」は人の恐怖の形を一変させてしまう。今までの人にとって「暴力」は「外側」から来るものだった。だが「意識」はその「内側」から恐怖を運んでくるようになる。

それが切り取ることも、組織化することもできない、内なる闇の世界「衝動」である。

そこで人は内なる衝動という暴力を組織化しようとこころみる。その試みこそ「タブー」である。

「SEXのタブー」「殺人のタブー」「近親相姦のタブー」「排泄のタブ−」など数々の「禁忌」がそれである。

こうして人は「外部」の「暴力」と「内部」の「暴力」、二つの組織化されえないものからおのれと社会を守ろうとする。すなわち「暴力」こそが人を人たらしめ、社会を社会たらしめているものだといえるのだ。

ではその「暴力」は「映画」に何をもたらすのか。

私たちは「ゴッドファーザー」を「グッドフェローズ」を「仁義なき戦い」を見てワクワクしないだろうか。あの犯罪者たち、容赦のない人殺したちを見て心躍らされないだろうか。いったいこの私たちの不可解な心の動きは何を意味するのだろうか。

暴力が映画にもたらすものは何か。それは「価値の転倒」である。

映画が100年以上描いてきた犯罪、暴力を見て人は確かに嫌悪しつつも魅了されてきた。映画の暴力は私たちの日常を、価値観を、道徳観を、今まで私たちが信じてきたものを揺るがす。

真に価値観を転倒させる映画とは観客にこう思わせる映画だ。

「もしかしたら間違っているのは映画の中で起こっていることではなく、客席に座っている私と私の世界ではないのか?」

「冷たい熱帯魚」でこんなシーンがなかったろうか。

弁護士と運転手の二人を殺害して、彼らを「透明」にした後、遺体の残りを捨てる橋の上で、でんでん演じる村田は吹越満演じる社元に説教する。その圧倒的な説得力。「ああ、このさえないおっさんはただの人殺しなのに・・・下劣なケダモノでしかないのに・・・」なぜこの男の説教を聞いてるだけで、膝がガクガクと震えるような感動と興奮をおぼえるのか。

もしかして自分の立っている世界は迷妄で、村田の世界こそが本当の世界なのではないか?自分の住んでいる日常は欺瞞にすぎず、映画の中の悪徳こそが真実なのではないか?

正と邪が入れかわり、価値が転倒し、世界が反転する。

私はこの一人の人殺し、一匹のケダモノの価値観の前に屈服させられたのだ。震えるような興奮とは価値の転倒を、世界の反転を感じためまいからなのだ。

これこそ映画が果たすべき最大の役割ではないだろうか。

ではさらに問う。映画になぜそのような「価値の転倒」が必要なのか。

17世紀ガリレオ・ガリレイは科学的に正しいことを主張したにもかかわらず、異端とされ終身刑に処せられた。

18世紀ジャン=ジャック・ルソーはその代表作「エミール」が異端とされ逮捕状が出たために亡命せざるをえなかった。

18世紀マルキ・ド・サドはほんの些細な性的冒険をしたかどで30年間牢獄で過ごすはめになった。

彼ら歴史上の人物だけではなく、歴史に名を残さない多くの人たちが今の時代の価値観から見れば、まったく不当な理由で彼らの社会から石もて追われたのである。

そして現代。私たちが支え、よって立つ根拠でもある価値観からはみだし、うとまれているものはいないだろうか。自分の今いる世界は、100年後、200年後、不当な価値観に支配されていたと後ろ指さされるような世界ではないだろうか?

今現在「良し」とされている価値観を疑うこと。そしてそれを「転倒」させることこそ「映画」におわされた宿命ではないだろうか。

そしてその「転倒」の役割をになうのが「暴力」なのだ。ここまで来てやっと長い「暴力論」を書いた意味が出てくる。

「映画」の「暴力」を見るということは、原初、人が恐れたあの闇を、「外部」を見るということであり、そして自らの内なる衝動という、あの決して組織化されえず、可視化されえず、言語化されえない「根源」そのものを直視することにほかならない。それは必然的に私たち人のよって立つ根拠を激しく揺さぶるのだ。

映画「冷たい熱帯魚」の暴力を嫌悪するのは正しい。だが、嫌悪の先にあるものを見ようとしないのは怠惰だ。
posted by シンジ at 20:19| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

北野武「アウトレイジ2」を語る

SIGHT vol.46 「北野武2010年を語る」より

ー9月に入って7日に「アウトレイジ2」の制作発表があって、年内でキャストと脚本を詰めて来年撮って、秋には公開っていう。これ制作発表してから、すごい売り込みがあったんじゃないですか?

北野武・あったあった。「俺はキャストは、最後の最後にしか決められないんだよ」って言ってるけど。

ーあれはほんとおいしい映画ですもんね。役者にとってね。

北野・あれはみんなセリフがあって、顔出したときにみんな怒鳴り合うじゃない?だから、「その他一同」っていう役が、あんまりないからね。ほら、中野(英雄)くんとか、ああいうのが急にバンバン前に出るシーンとかあるから「あれ?」と思ったんじゃないの?みんないい役者に見えちゃうんで。

ー特に、いわゆる善人イメージのある役者さんほど、出たいでしょうね。

北野・うん、なんかね、みんなうまいことキャラクター決まったんだよね。会長をやった北村(総一郎)さんとか、得したよね。ほんと、うれしそうだったもん。映画が終わった後も楽屋訪ねてくるし、「家庭の医学」なんかにゲストで来ると、「監督ありがとうございました」ってお菓子持ってきちゃったりして。ああいうのやりたかったんだろうね。全然違う役だから。

ー「アウトレイジ2」のストーリーは、たけしさんの中ではもう出来上がってるわけですか?

北野・だいたい台本は書いたんだけど、「アウトレイジ」で殺し方をほめられたじゃない?あれをやたら「いいね」って言われたのが、ちょっとプレッシャーになってて、じゃあ「アウトレイジ2」でも違う殺し方をって考えたけど、「ちょっと待て」って。それをやると、沢田研二の衣装みたいなことになる、と思って。

ーああ、際限なくエスカレートしていくしかなくなりますよね。

北野・うん。だからそれはあまり気にしないようにしようって。そうじゃなくて、ストーリー展開が面白いのにしようって。あとさ、「アウトレイジ2」とは全然別で、ヤクザものの台本書いたんだよ。ヤクザが刑務所から出てきて、カミさんとこに帰ると、男がいてさ、あわてて隠してるわけ。
「おまえ、男できたのかこの野郎!」って「出てこい!」っていうと、若い男が出てくるわけ。
「てめえ、俺が刑務所行ってる間に俺の女とできてたのか、ただじゃおかないぞ、この野郎裸になれ」って。で、裸になったら「早くやれ」って。刑務所でそいつはカマ覚えてきたっていう。

ーははははは!

「死にたくなかったら俺をやれ」って言ったという。「アウトレイジ2」と同時に書いた映画の台本で、面白いのよ。「12人の怒れるヤクザたち」っていうタイトルで、その中のワンシーンなんだけどさ。ーSIGHT vol.46より抜粋

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北野武・ああ、こないだニューヨーク行くとき、1本書いたんだ。飛行機の中で「アウトレイジ2」書いて。だからあれは10何時間かけたんだ。飛行機が飛び立って、着くまで。メシ食いながらずーっと書いてたの。そしたらキャビンアテンダントが「たけしさんずーっと起きてましたね。何やってたんですか?」って。「台本だよ」って言ったら「へえ〜、どうなりました?」「書いた」って言ったら笑ってたもん。「あら、すごい」とか言って。でもあれ10何時間あったからね。

ーそんなもんなんですか?

北野・そのぐらいだよ。10何時間もかけりゃあ、できるじゃない。それで助監督やなんかみんなに読ませると、疑問とかを言ってくるわけじゃない。で、それを手直ししていく。だからたたき台の台本だけどね。

ーにしてもやっぱり「アウトレイジ」異質ですよね。意識的なものですけど、あのセリフの多さは。

北野・あれは木村(中野英雄)をどういじめるかっていうのが前半戦のひとつのピークなんだ。ヤクザがどなりちらして、言葉だけでの殴り合いっていうのをやろうと思って。そうすると、セリフしかないなっていうので。あれはもう漫才と同じなんだけどね。やっぱり、あそこまで持って行くにはある程度セリフを書かないと。さっき言った「アウトレイジ2」もあと「ソナチネ」もそうだけど、たいてい海外行くときに書いちゃうんだよ。飛行機の中でね。海外行くときになんかノートを持って行くのは、たいてい台本作ってんだ。ここんとこ、3本連続で作ったもんなぁ。ーSIGHT vol.47より抜粋

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「アウトレイジ2」未確認情報

SIGHTのインタビューでアウトレイジ2を語っているのはこれだけ。ここからはネットやテレビや雑誌で見たけどソース不明だったり、未確認だったりする情報なので話半分・・・話3分の1で読んでください。

・「アウトレイジ」で刑務所内で中野英雄に殺された大友(ビートたけし)は実は生きていて「アウトレイジ2」にも出てくるらしい。

・「アウトレイジ」は強烈なバイオレンスが売りだったが、「アウトレイジ2」は権力闘争がメインらしい。

・「アウトレイジ」の続編製作を発表したたけしは「まあ『仁義なき戦い』のシリーズと同じでさ、死んだ役者がもう一回出てもいいということにしよう」と、アウトレイジ続編は“仁義なき”方式でやると話した。ー東京スポーツ、2010年9月16日19面

・大物俳優と交渉中。

・高倉健出演はなくなった。(2010年年末の鶴瓶とのトーク番組で)

・殿と関係のある大物映画俳優というと渡哲也か、松方弘樹か?

・探偵ナイトスクープで西田敏行がゲストのビートたけしに出演を直訴。殿は快諾した。

・しかし以前スマステーションで香取慎吾が殿に北野映画への出演を直訴したが、いまだに無視している。

・第19回東スポ映画大賞で助演男優賞をとった三浦友和を「アウトレイジ」に抜擢。第20回東スポ映画大賞で主演男優賞をとった豊川悦司の「アウトレイジ2」抜擢もあるか。

・オダギリジョーは「アウトレイジ」のオーディションに落ちたらしい。北野監督は西川美和「ゆれる」のオダギリを評価していたので「アウトレイジ2」には出演するかも。

・北野武監督は昨年「アウトレイジ」がヒットしたことで、「アウトレイジ2」の製作を発表。3月下旬にクランクインして今秋公開の予定だったが、製作、公開の延期を決めた。

「映画の冒頭のシーンで車が海に沈むシーンがあり、殺し合いのシーンも今はそぐわないと北野監督が判断。出演者のスケジュールも夏までしか押さえていなかったので年内の撮影も無理とし、来春クランクインの方向で動いている」(事情通)ーゲンダイネット
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2011年01月13日

溝口健二暴言・珍言・名言

溝口健二暴言珍言名言集

1930年「唐人お吉」の下田ロケにて

「電柱が邪魔だ!切れ!!」

と言い出して何本か切り倒した。という話が伝説になっているが、浦辺粂子によればスタッフが電柱に杉の皮を巻いてようやくOKがでたそうです。

1933年「滝の白糸」を入江たか子プロダクションで製作するものの

「女がプロダクションを作るとはけしからん!」

この時の入江たか子とのトラブルはのちの「楊貴妃」(1955)の降板事件に影響していると思われる。

1936年「浪華悲歌」完成後、内務省の検閲保留となり、権威権力に弱い溝口は狼狽。上京し、内務省に出頭。カットもなく保留解除となると、急に威勢がよくなり
「検閲官なんてもんはガキだね!」

(・・・あなたがガキです)

1939年「残菊物語」北見礼子が演じる子守の役に対し

「子供を産んだ経験がないから芝居がダメだっ!」

といって未婚の北見を責め、役を降ろす。主役の花柳章太郎の推薦により新派の森赫子に変更。森は当時花柳の愛人だった。

1945年頃戦争末期、作家の織田作之助と親しくなり、酒を飲みながら話していると話題が西鶴におよび、織田が「僕もこの頃は西鶴をだいぶやっているんです」と言ったのが悪かった。

「貴様なんかに西鶴がわかってたまるか!」

と織田に殴りかかる溝口。止めに入った幇間ともつれあいながら階段から転げ落ち、かたわらの座敷で放尿した。が、その座敷の客が前々から世話になっていた白井信太郎(当時松竹副社長)だと知るや、這々の体で逃げ出した。

1947年頃依田義賢に好色五人女の研究を命じた頃、黒澤明、木下恵介、吉村公三郎らの台頭に焦燥し、

「三人が僕を負かします!どうしてくれるのですか!!」

と依田を責める。知らんがな(´・ω・`)

1949年「我が恋は燃えぬ」撮影中何度も同じところまでセリフをとちる菅井一郎に対し

「あなたは脳梅毒です!医者で診てもらいなさい!」

と満座の中で罵倒しスリッパで殴る。菅井は真剣に自殺を考えたという。

同じ「我が恋は燃えぬ」撮影中溝口が烈火のごとくスタッフに怒って

「この人たちは賊です!日本映画を滅ぼす賊です!」


1950年「雪夫人絵図」撮影中。溝口は庭のススキにケチをつける。
「ススキは武蔵野に限ります。すぐにいって武蔵野のススキを探してきたまえ!」
スタッフは武蔵野のススキを探しに出かけたがどれがそれかわからない。数時間後スタッフはさっきと同じススキを持って

「先生っ!ありました。武蔵野のススキです!」と差し出した。溝口は

「そうです、これです!これが本当の武蔵野のススキです!やはり違う!」


1953年「雨月物語」水戸光子が雑兵たちに輪姦されて裾を乱して倒れる姿が溝口の気に入らずに、テストを繰り返され、あげくに

「あんたは(輪姦の)経験がないんですか!」

(あるわけないだろ!)

1954年「近松物語」で長谷川一夫と組むことになるが

「第一、スタァがいけません。この間も長谷川一夫が歩いてくるのでジーッと顔を見たんだけれど、何ですかあの顔は。困ったもんですよ、スタァというのは」

・・・といいつつ溝口は最後まで長谷川の白塗りをやめろとは言えず終い。

1955年「月は上りぬ」の監督に田中絹代が当たることになるが、

「絹代のアタマでは監督できません!」

と電話で小津に話す。そのことを伝え聞いた田中絹代とは絶縁状態に。

1956年「赤線地帯」を執筆前の成澤昌茂に。

「今度は川口君(川口松太郎)ではなく君のホンです。五人の娼婦を私が切断します。その血の色を私は見たいんです。君のホンはコップに水が半分しか入ってませんよ。水を注いでまさに溢れんとする表面張力がほしいんです。こぼれてもいけない。足りないのは余計いけないよ」

成澤が書いたホンを持って行くとバーンと放り投げられ

「駄目だね。君が溝口を駄目にするんです。溝口を駄目にするのは君です!」


溝口はまた成澤昌茂にこんなこともいっている。

「心理の流れ、ぶつかりあい。これがドラマです。シンフォニーです。私の音はドレミファソラシドのミの音です。小津はドです。黒澤はファです。君はミの音を書くんです」

どういうことか成澤氏がインタビューに答えている。
(桂千穂)〜黒澤さんのファはオーバーなままだというわけですか?
(成澤)〜(苦笑)いえ、そういうわけじゃないんですけど、黒澤さんは調子が高いじゃないですか。

黒澤明の映画は調子が高いから「ファ」で、小津安二郎は「ド」と調子が低い。自分はその中間の「ミ」だと。・・・うん、よくわからないや。

あんまり暴言や珍言ばかりだと溝口はひどい人間だと誤解されかねないので名言をどうぞ。

成澤昌茂がシナリオに「雨が降る」とか「雪が降る」とか書くと

「雨も要らない、雪も要らない。何も要りません。雪や雨が降ったり曇ったり晴れたりするのは丸ごと描いた人間の心の中です。心の中に雨が降る。心の中が晴れるんだ。ひとつの部屋の中だけで人間の心は書けるんですよ。逃げちゃいけませんよ」


成澤がト書きで「ハッとする」「ギョッとする」なんて書くとものすごく怒った。

「ハッとする」と書くとハッとした顔をするんです、役者が。人間がただハッとするわけがない。なぜハッとするのか。悲しいのか、恐ろしい中に喜びがまじっているのか。全部裏表があってそのバランスが崩れるところに演技の血や艶というものがあるんですよ」


「映画監督である前に私は演出をするんです。演出してから監督するんです。演出というのはつまり、役者とか、美術、照明とか動かすことですね。監督は対外的なことですね。僕はシナリオに名前を載せない。監督がなぜ監督かというと、シナリオも含めてすべてを監督しているからなんです。だから脚本に監督が名前を載せることは、監督をもう放棄しているってことなんですよ」

この発言は興味深い。エルンスト・ルビッチも脚本に深く関わっていながらクレジットに自分の名前を載せることはなかった。細田守もそう。

最後は暴君溝口ではなく純情溝口の言葉で・・

「清水君、ぼく絹代と結婚しますよ、いいですね」

いうまでもなく田中絹代は清水宏のかっての妻である。溝口は清水宏にこう打ち明けたものの田中絹代と結婚することはなかった。

ここに書いた溝口健二暴言珍言はほんの一部です。日本映画史上これほど逸話に事欠かない監督は溝口くらいでしょう。眉をひそめる方もいるかもしれませんが、これだけぶっとんだ人間だからこそ飛び抜けた作品を作れるのではないでしょうか。そういう溝口健二を私は愛してやまないのです。

参考文献「人物日本映画史」岸松雄、「溝口健二の世界」佐藤忠男、「溝口健二集成」、「別冊太陽映画監督溝口健二」
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2011年01月04日

2010年日本映画ベスト10+8

2010年は面白い日本映画が多かったです。ただその中でも特別に偏愛対象になる作品がベスト上位になります。
つまりよくできた、ちゃんとした映画。まとまりのある映画はベストの下位になってしまうのです。たとえば「孤高のメス」とか「最後の忠臣蔵」なんてホントによくできたプロフェッショナルな映画ですが、私の偏愛対象は多少いびつで出来が悪くても、なにがなんでも擁護してやる!という気にさせてくれる作品なのです。このベストはそういう観点からのベストですのであしからず。

18位「孤高のメス」
やはり夏川結衣はよいです。作品もプロの技術が光る良質な作品でした。

17位「借りぐらしのアリエッティ」
よかったです。恋愛映画のように見せかけて背景には死が横たわっているところにぐっときます。米林宏昌監督が出てきてジブリの後継者問題も解決かな?

16位「悪人」
深津絵里に感情移入してしまいました。なんか最近映画の中の女性に自分を重ねてみてしまいます。若い頃にはそういう事がなかったのに不思議だ。私の中でこの映画はフリッツ・ラング「暗黒街の弾痕」のリメイクです。

15位「君に届け」
王道のアイドル映画ですが、恋愛よりも友情に重点が置かれているのが今の少女漫画のリアルなのかなと。この作品で描かれていることは絵空事でしかないといわれればそうなんですが、その絵空事に感動している子どもたちがたくさんいるということに尊さを感じました。でもこれ金子修介が監督したらもっと変な映画になって面白かったかなという。

14位「半分の月がのぼる空」
恋愛映画で「好きだ」とか「愛してる」なんていう必要はない。ただ宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の一節を二人で暗唱しあうだけで二人の愛は天高くどこまでも昇っていくのです。

13位「武士道シックスティーン」
成海璃子の魅力がはじめてわかる。彼女がサンダルを脱ぎ捨て裸足で歩きはじめるとき映画もまた動き出す。こういう映画的なシーンがあるだけで私は感激して身を震わせるんだ。それだけでいいんだよ。

12位「最後の忠臣蔵」
西岡善信氏率いる映像京都の最後の仕事にふさわしい立派な作品でした。泣ける映画というのが苦手なんですが、これだけ見事なプロの仕事を見せつけられると気持ちよく泣けます・・・いや号泣しました。桜庭ななみの代表作になるでしょう。ただ興行的には大苦戦しているらしく、これだけ質の高い作品がコケて「武士の家計簿」がヒットしている現状は分析の必要あり。現代のリアルを映画に反映させたものじゃないと観客からそっぽを向かれるということかな?とにかく劇場で上映してるうちに見たほうがいいです。

11位「時をかける少女」
谷口正晃監督、初作品でこの水準なら立派。なにより大林宣彦版「時かけ」の続編という位置づけが大林版時かけが死ぬほど好きな私としては涙が出るほどうれしかったです。細田守版へのオマージュもあるし。仲里依紗の一番光輝いている時をフィルムに保存してくれたことに感謝。

10位「告白」(タイトルをクリックすると批評に飛びます)
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これはTwitter上で論議を呼びました。それだけでも面白かったです。twitterで私のフォローしてる方が「告白」を「メリエス的欲望」という言葉を使って論じていたのに刺激を受けてジョルジュ・メリエス作品を見たり、メリエスの伝記を読んだりすると・・・なるほどあの逆回転爆発はメリエス的だなと、合点がゆくのです。中島哲也の次回作が楽しみ。「告白」を経た以上もう「下妻物語」のスタイルには戻れないと思うからです。ブログはアホな批評家に頭にきてちょっと変な方向にいってしまいました。橋本愛が2010年の新人賞で決まりです。

9位・「懺悔 -松岡真知子の秘密-」
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初・城定秀夫監督作品がこれでよかったです。どうみても傑作、誰が見ても傑作です。原紗央莉のまなざしは見るものの肺腑を、嘘を、虚妄をえぐりとる。原紗央莉は映画向きの逸材でしょう。もっと映画に出るべき。

8位「ボーイズ・オン・ザ・ラン」
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これは主人公を自分に置き換えて見てしまい恥ずかしさと痛さで身もだえしました。主演の峯田和伸は映画界に無理矢理にでも引っ張り込むべき。2年に1本は峯田主演の映画が見たい。かなり痛いブログも書きました。

7位「十三人の刺客」
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エンターテイメントの醍醐味を教えてくれました。日本映画史に残る名作である「十三人の刺客」のリメイクという無謀な賭けにオリジナル超えという結果を残したのは奇跡としか言いようがない。暴君を演じた稲垣吾郎はこれ一本だけで映画史に残る。宇多丸氏が「あの牛さえなければ・・・」とラジオで言っていましたが、映画館ではあの暴れ牛のシーンで大爆笑です。あれこそ三池崇史の愛すべき「ほつれ」であり、ほつれがあるからこそ三池を愛してやまないのです。自分で言うのもなんですが、ブログは結構いいところをついてると思います。

6位「ばかもの」
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今、私が一番注目している「ほつれ」「いびつ」の帝王金子修介。金子修介ならどんな映画を撮っても面白くなるけど、なんか変な映画になるでしょう。ブログでは自分でも書いていてよくわかんなくなってくる金子修介論を書きました。この映画で内田有紀愛が再燃しました。

5位「ヒーローショー」
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今年一番の衝撃作。それこそいままでの井筒メソッド(バイオレンスと笑いの絶妙のさじ加減)で映画を撮っていれば興行的にも批評的にも安心安全なのにもかかわらず、いままでとは全然違ったことをやってしまう映画作家魂に感服。「告白」とか「アウトレイジ」とか「私の優しくない先輩」が賛否両論なのはわかるよ。でもこの「ヒーローショー」が賛否両論とか批評家はどこの何を見ているんだよ!

4位「さんかく」
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3人の男女の恋愛三角関係か〜興味ないな〜、とか思ってたら、あれよあれよというまに予想もつかない変な方向にストーリーがひん曲がっていくのにドキドキワクワク。面白い!いまのところ吉田恵輔監督の最高傑作かな。あと2010年度の主演女優賞は田畑智子で決定です。

3位「川の底からこんにちは」


石井裕也てめえええええ!(怒&泣)・・・というのはさておいて、ジャンル映画の分野において最も難しいのはコメディ映画である。観客を泣かせたり、ハラハラさせたりするのはわりと手法が確立されてるのでたやすいけれど、客を笑わせるのは簡単なことではない。「川の底からこんにちは」は今年一番客を笑わせることに成功した映画だと思う。日本はコメディ映画の評価が異様に低いということもあり、石井裕也の才能は積極的に賛美&擁護していきたい。あのシジミ会社の社歌に爆笑し、ラストのアンゲロプスなみのフィックス長回しに映画魂が炸裂する。必見。

2位「私の優しくない先輩」
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この映画に対する思いは全部ブログで吐き出したのでそっちを読んでください。確かにこの映画は撮影はひどいし、チープかもしれない。でもこの映画の中に自分を見つけちゃった以上この映画は俺の映画になっちゃうんです。川島海荷に萌え〜とかいってる場合じゃない、海荷は俺なんだよ!!

1位「アウトレイジ」
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私が1位にしなくて誰が1位にするのか。自分で言うのもなんですが、ネット上にあるアウトレイジ評の中でも結構いい線行ってると自負しています。そしてシンジ的2010年の一大事件は水道橋博士が私のアウトレイジ評をコピーしていわゆる「社長会」で殿(北野武監督)に見せたということでしょう。

シンジ・え〜と・・・私の評が、
 殿の目に触れるということでしょうか?
 ・・・胃が痛くなって参りました。

水道橋博士・いえいえ、前からお持ちしようと思っていただけに、
 ようやくお目通りが適った!
12月20日水道橋博士の悪童日記より

というようなtwitterでのやりとりあり。博士ありがとうございました!

2010年は面白い映画が多かった。2011年はちょっと不安だけど、園子温がやってくれるんではないでしょうか。

2010年映画ベスト10
1位「アウトレイジ」北野武
2位「私の優しくない先輩」山本寛
3位「川の底からこんにちは」石井裕也
4位「さんかく」吉田恵輔
5位「ヒーローショー」井筒和幸
6位「ばかもの」金子修介
7位「十三人の刺客」三池崇史
8位「ボーイズ・オン・ザ・ラン」三浦大輔
9位・「懺悔 -松岡真知子の秘密-」城定秀夫
10位「告白」中島哲也


私の最も敬愛する映画女優高峰秀子さんのご冥福をお祈りいたします。映画が続くかぎり「デコ」は死なない。
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2010年12月04日

山中貞雄と三村伸太郎、脚本をめぐる攻防

三村伸太郎オリジナル脚本「海を渡る祭礼」を読んで、山中貞雄と三村伸太郎の友情を思う。

1941年公開稲垣浩監督「海を渡る祭礼」のストーリーは・・

ある港町で祭礼が行われる。そこに稼ぎ時だと集まってくる旅芸人たち。猿回し、手妻師、ガマの油売りに雇われた居合抜きの浪人などなど。そんなひと癖もふた癖もある芸人たちが同じ宿の屋根の下コメディタッチの群像劇が展開される。だが、そんなおおらかで楽しい日々に不穏な影が差す。横暴な馬術曲芸団が祭礼にあらわれ芸人や露店をけちらして、金にものを言わせて場所を横取りするのだ。馬術団の横暴は芸人たちの泊まる宿でもおこる。やくざまがいの馬術団になすすべもない芸人たち。そして馬術団の横暴が極限まで達したときいつもは頼りない浪人が馬術団の頭を一刀のもとに斬りふせる・・・。
平和の戻る祭礼だったが、みなを助けてくれた浪人はいない。馬術団に呼び出され一人出かけていったまま帰ってこないのだ。それでも浪人に恋していた娘は浪人さんは必ず帰ってくると信じて待ち続けるのだった・・・。

この三村伸太郎の脚本を読んで気づいたことは、構成が山中貞雄の「人情紙風船」(1937)と同じだということ。最初はコメディタッチで群像が描かれ、次第に悪がクローズアップされていき、最後は不吉な死のにおいをただよわせて終わる。あまりに不吉かつ曖昧に終わるラストに「えっ!?」と口に出してしまったほど。斬新なラストだと思う。この脚本を読むと三村伸太郎にとって「海を渡る祭礼」が“ある人”との特別な関係抜きでは語ることのできない作品だということがわかる。

ある人とはもちろん山中貞雄。鳴滝組の仲間でもあり、梶原金八名義で共同シナリオを書く仲。その三村と山中が最初にコンビを組んだのが1934年山中貞雄監督作「雁太郎街道」。この時山中貞雄は初めてのトーキー作品のため自信のなかったダイアローグを三村伸太郎に頼んでいる。

そして山中三村コンビ作の中でもとりわけ評価が高く、キネ旬5位にもなった「国定忠次」(1935)。グランド・ホテル形式を採用した巧みな構成は本家エドマンド・グールディングの「グランド・ホテル」(1932)より見事な出来映えと飯田心美が書いているほど。

ところが三村は脚本執筆時、「グランド・ホテル」のことをまったく知らなかったという。つまり「国定忠次」の脚本は山中によって大幅に書き換えられている。

当時三村は山中の他に稲垣浩ともコンビを組んでいて、岸松雄が山中、稲垣と組んだ時の三村伸太郎の違いをこう書いている。

三村が稲垣と組んだ場合は、三村はあえて構成を無視して書いている。構成にこだわりすぎるとシナリオの生命が消散してしまうからだという。
山中とコンビを組む場合は、山中がシナリオの形式構成について三村をいろいろと啓発し、三村のシナリオに手を入れたという。ー「日本映画における外国映画の影響」より

「国定忠次」のグランドホテル形式の構成は山中の手によるものだということがわかる。

しかし山中が「国定忠次」の脚本に手を入れたとき、さすがに三村も頭にきたのか親友である山中をチクリと批判している。

山中は私のシナリオを整備し、刈り取って、美麗流暢な手法をもって、におやかな感覚的な作品にまで磨きをかけている。その代わり主人公の忠次は形式のなかに少しばかり窮屈そうにかしこまっている。ー「日本映画における外国映画の影響」より

作品が山中の手により傑作になったことを認めつつ、山中のほどこしたがっちりした構成では忠次のキャラクターがかならずしも活かされていないと愚痴っている。

そして山中三村コンビの最後の作品「人情紙風船」(1937)。この作品でよく知られているのは、三村脚本の「人情紙風船」と完成した「人情紙風船」とでは180度違う作品になっているということです。

三村伸太郎版「人情紙風船」の後半のストーリーはこうです。

髪結い新三は白子屋の娘お駒を誘拐するが、あっさりと返す。お駒はそんな新三の男らしさに惚れる。面子をつぶされた源七親分は新三に闇討ちをかけるがアベコベに殺される。親分を殺された子分たちは新三の命を狙い、数十名で長屋を襲って包囲する。そこへ長屋の連中が新三を守って蜂起する。海野又十郎も長屋の連中と連帯して立ち上がる。ー「映画監督山中貞雄」加藤泰


山中貞雄版「人情紙風船」のストーリーも一応書いておきます。

髪結い新三はお駒を誘拐するが、大家の汚い取引にうんざりしてお駒を返す。(お駒は新三に惚れはしない。)面子をつぶされた源七親分は夜中に新三を呼び出し殺す。海野又十郎はお駒の誘拐に関わったと誤解した妻に殺され、妻も自害する。

三村版と山中版がまったく違うストーリーでびっくりする。これには三村も驚いたようで、試写を見た三村は

私は「人情紙風船」をはじめて見たときには、ほんとうに肝をつぶしたように驚いた。この作品は私のシナリオに似て非なるものである。


三村版人情紙風船は違う階層の人々の連帯や、暴虐に対するコミュニティの蜂起などが描かれるオプチミスティックな世界観であるのに対し、山中版人情紙風船は階層の違う人々の断絶ばかりでなく、家族間での断絶、同じコミュニティに属している人々のあいだの無関心を描いている。

つまり山中の改変はシナリオをズタズタに切り刻んだというたぐいのものではなく、三村のシナリオの根底にある思想そのものをまるごとひっくり返している。これは三村にとって単にズタズタにされるよりもはるかにショックが大きい。

三村は試写を見るまで自分のシナリオがここまで根本から改変されたことを知らなかった。三村は混乱し、激しい怒りもおぼえただろう。しかし「国定忠次」の時には山中の脚色をチクリと批判した三村も「人情紙風船」のシナリオ改変については批判や不満らしきものをどこにも書いていない。

おそらく三村は文句を言う相手が「人情紙風船」公開後すぐに軍に招集され1年後には戦病死したことで批判や愚痴を一切封印したんだと思う。それが三村の山中に対する哀惜の念であり、友情の証なのだろう。

しかし三村の山中版「人情紙風船」に対する複雑な思いは年を経るにつれ、敬愛する友、山中への感嘆に変わっていく。そうした思いが昇華され結実したのが先に挙げた「海を渡る祭礼」なのです。

「海を渡る祭礼」の構成は山中版「人情紙風船」とうり二つであり、死のにおいただよう陰惨なラストも山中版「人情紙風船」のラストと同じ。

三村伸太郎作「海を渡る祭礼」は山中版「人情紙風船」への複雑な思いを乗り越えたオマージュであり、三村から山中貞雄への愛情と尊敬に満ちた返礼なのだ。
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2010年10月26日

岡崎京子の映画評「アデルの恋の物語」

wowowでフランソワ・トリュフォー「アデルの恋の物語」(1975)をやっていたので久々に見る。それと同時に私の映画評の原点でもある岡崎京子の「アデルの恋の物語」評の切り抜きを見つけたのでここに書きおこす。

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「アデルの恋の物語」は一見、一人の男を狂熱的に愛する女の恋愛の特権的な神話として見える。実際、アデルは、たった一人の男を、拒まれても拒まれても追いかけ愛し続けるのだし、そのことで気が狂ってしまう。

私達女性は生まれてからたっぷりと紋切り型の恋愛至上主義をすりこまれているので、ついうっかり「アデルのように愛したい」とか「アデルのように恋に狂いたい」とか思ってしまう。愛や恋愛に生き、死ぬことへのロマンチックな強迫感。まるで愛し愛されないと人間失格でもあるかのような圧迫感。

私は愛されている/だから認められている

私は愛されてない/だから世界から無視されている

みたいな。

アデルはフランスの大文学者ユゴーの娘である。彼女は物を書く人としての人生を夢みてかなえられなかった人である。あまりに偉大な父。その娘であるしかない物を書きたい少女。少女は自己達成を恋愛に求める。愛し愛されることで自我の安定をはかる。近代的な自我を持ってしまった女性の地獄。

「アデルの恋の物語」は父から逃げようとして失敗した哀れな娘の物語でもある。

彼女は新しい父親/夫を手に入れることが出来なかったのだ。


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ー週刊文春、岡崎京子「偏愛シネマ館」(すいません、文春から切り抜いたページだけで何年何月号かまったくわかりません)

「アデルの恋の物語」を見たのは公開当時ではなくトリュフォー没後10年追悼上映でのこと。1994年頃か。その頃には映画を意識的に見始めていたものの、映画を語る言葉というものを持っていなかった。そんな時に読んだのが岡崎京子の映画「アデルの恋の物語」評だった。

「アデルの恋の物語」を見て深い感銘を受けたものの、それを言葉にしてみようとも思わなかった私が、岡崎京子評を読んで、特に
彼女は新しい父親/夫を手に入れることが出来なかったのだ。

のくだりに「はぁ〜っ・・・」とため息をついてしまった。こんなにも短い言葉で映画の本質を言い当ててしまう岡崎京子。

今「アデルの恋の物語」を見て、瞬時に思い浮かぶ言葉が「ストーカー女」ではないだろうか。こんなにも豊かな映画が、現在では「ストーカー」などというお粗末な言葉一つで片付けられてしまう愚。

たったひとつのフレーズや単語で映画をわかった気になってしまう愚かさを、岡崎京子のこの豊かな「アデルの恋の物語」評が教えてくれる。
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2010年10月08日

だから俺は仏壇に手を合わせるー北野武

Papyrus Vol.32より

俺が毎朝毎晩、仏壇に手を合わせるようになったのは、お袋が亡くなってからのことだ。うちの仏壇にはお袋だけじゃなくて、他にもいろんな人が入っている。

父親や祖母はもちろんだが、俺の浅草時代の師匠に、黒澤明監督、淀川長治さん、それから鈴木その子さんとか、俺にとって大切な人が何人か、全部で8人くらい入っている。

家族は別として、入っているといっても位牌があるわけではない。写真だったり、手紙だったり、形見だったり、とにかく俺にとってその人を偲ぶよすがとなる何かが入っている。

朝と晩に、その仏壇に水をあげ、手を合わせて拝む。酒を飲んで酔っぱらって帰ってもそれだけはちゃんとやる。

水をあげるだけじゃなくて、心の中で8人それぞれに言葉をかける。

「母ちゃんありがとう。今日はちょっと酒を飲み過ぎました、ごめんなさい。黒澤監督、おかげさまで今日の撮影も終わりました。相変わらずせっかちで、仕事中に手を抜いてしまいました。明日は簡単にOKを出さないようにします・・・・・」

一日の報告というか、反省をするわけだ。そうやって俺は彼らと一緒に生きている。彼らとは二度と会えないのだという事実と折り合いをつけながら生きている。

世界は目に見えるものだけで出来ているわけではない。自分という存在がここにあるのも、気の遠くなるような過去から延々と続く生と死の連続の結果なのだ。

彼らが本当にあの世から俺を見てくれているのかどうかはわからない。答えは自分が死ぬまでわからないだろう。

わからなくていい。俺はその答えを知るのを死ぬ時の楽しみにしている。

ただ彼らの感謝の気持ちだけは忘れたくない。彼らが死んだからといって、彼らとの絆までが断ち切られたとは思いたくない。

だから俺は仏壇に手を合わせる。一日のうちほんのわずかな時間ではあるけれど、少なくともその瞬間は彼らのことを思い出す。それは俺にとって大切な時間なのだ。

ー北野武
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2010年09月27日

忠次旅日記と新版大岡政談を見て解説する。

まずはこの動画を見てほしい。(活動写真弁士片岡一郎氏提供)



忠次旅日記三部曲と新版大岡政談の玩具フィルムです。2分にも満たない断片にもかかわらず、驚天動地のアクションシーンの数々。伊藤大輔の天才とカメラマン唐沢弘光の天才が見てとれる凄い映像です。(唐沢弘光は忠次旅日記の御用篇から。新版大岡政談はすべて担当)

冒頭の逃げる忠次(大河内傳次郎)に御用提灯をかかげ追う捕り手たち。橋の上で争っている場面は残っているスチールから見て第一作目の「忠次旅日記・甲州殺陣篇」1927でしょう。

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このシーンはおそらく「忠次旅日記・甲州殺陣篇」の冒頭場面で
ファーストシーンは山中の一本道を、カメラが俯瞰で移動して走る。そこに「国定忠次は鬼より怖い」「にっこり笑って人を斬る」という字幕が流され、三度笠の忠次が捕手に追われて逃げるショットに始まる。ー滝沢一「講座日本映画2」

捕り手に追いつめられた忠次が渓流に飛び込んで傷ついたところをある姉弟に助けられる。姉は土地のやくざものにつけ狙われており忠次は姉弟を助けるために一肌脱ぐというストーリーが甲州殺陣篇。

伊藤大輔監督は自己評価の厳しい人で、「甲州殺陣篇」については「無意味な立ち回り」とまで言い、のちに忠次旅日記三部作をまとめて編集したときも「甲州殺陣篇」のほとんどを捨ててしまったとも言っている。

しかしこのわずか十数秒の断片フィルム見れば、伊藤大輔監督のその言葉が単なる謙遜でしかないことがわかってしまう。

むらがる御用提灯のイメージは伊藤大輔監督の十八番。

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「御用提燈なら五十や百ぶった斬ったところで検閲にはひっかかりゃしません」ー伊藤大輔


特にびっくりしたのが刀を一振りしただけで二人を同時に斬るという離れ技。このシーンだけで、大輔最高!と思ってしまった。

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ちなみによく見たら右手を懐手にして左手で刀を持っているので、もしかしたらこのシーンは甲州殺陣篇のラストの立ち回りかも知れない。ラストで忠次は中風により右手が動かなくなり左手だけで立ち回りをするらしいので。

片岡一郎氏はこう言っている

リアルタイムで『忠次旅日記』を観た人は「甲州殺陣篇」を褒めることが多いんですよね。三部曲を通じて観ると、いかに忠次の落魄が鮮やかに描かれていたかが伺えます。@katsudobenshi


次に御用提灯の灯を見て驚愕する忠次の顔に字幕。

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「お蔦!貴様までが忠次を売ったな・・・・・」

この字幕でわかるとおり、第二作目の「忠次旅日記・信州血笑篇」に入る。物語は御室の勘助に追われる忠次。忠次はその勘助の甥である子分の浅太郎を裏切り者と疑いをかける。浅太郎はその疑いを晴らすため勘助を殺す。忠次は責任を感じ勘助の残された幼い息子勘太郎を引き取る。関所破りをした後(この関所破りも実に面白い見せ場なんだけど省略)壁安のくだりになる(ここは現存する忠次旅日記の冒頭にあたる)その後行き倒れた忠次を救ったのは加部谷の音吉。しかし音吉は忠次と勘太郎の寝込みを襲う。
「人は落目になりたくないものだ。どうも近頃気がひがんでならねぇ。自分の気がまがってくると、人の心までがまがって見える。」

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勘太郎を背負って立ち回りするのが音吉裏切り場面だと思うんだけど・・・。ちょっとわからないのがこの部屋の中で立ち回りするシーンが音吉に裏切られて戦うシーンなのか、それとも字幕通りにお蔦に裏切られて戦うシーンなのかがわからない。

お蔦のシーンはその音吉に裏切られた後の場面で、信州血笑篇の白眉ともいえる名場面。お蔦の裏切りによりまたもや捕り手に囲まれる忠次。忠次は勘太郎を安全な場所に隠すため御用提灯を狐火と錯覚し怖がる勘太郎をなだめ、10数えるうちに隠れなさいとかくれんぼをよそおい「ひと〜つ」と数えて捕り手を一人、「ふた〜つ」数えて二人と斬っていくという活劇全開のたまらん場面。裏切り者のお蔦を斬る忠次を見て驚く勘太郎。
「あれは小母ちゃんじゃないのかえ?」
「ありゃァ狐が化けてたのさ!」
と、こういうシーン。「ひと〜つ」「ふた〜つ」という字幕が出ればわかりやすかったんだけど。

御用篇は沢田屋に番頭として身を隠していた忠次だったが、ばれて捕り手に囲まれる。沢田屋娘のお粂(沢蘭子がキュート)が忠次の刀をもって逃げたのを父の沢田屋が斬る。中風で右手がきかない忠次は左手だけで戦う。

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忠次が左手で立ち回りをするという技術はきっちり「新版大岡政談」の丹下左膳に生かされている。

で、ここから「新版大岡政談」三部作1928の登場です。

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この宙を飛ぶ物体は刀。坤龍と呼ばれる小刀。新版大岡政談三部作のストーリーはしごく単純。藩主の命を受けた丹下左膳(浪人だと思ってた)が宝刀乾雲、坤龍を狙う。それを阻止する坤龍の持ち主栄三郎(賀川清)に、これまた刀を追う謎の火事装束五人組の刀争奪戦。この場面は第三作目「新版大岡政談・解決篇」

髪振り乱して左膳から刀を奪いとるのは左膳に可愛さ余って憎さ百倍のお藤(伏見直江)坤龍を奪い取って逃げる逃げる。

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それを追う左膳

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さらにそれを追う謎の火事装束五人組

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さらに捕り手たちもそれを追う。
これを交互にカッティングして凄まじい勢いでパンで追うカメラ唐沢弘光の絶技。

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そしておそらくこの場面(上の映像)がそうだと思うけど、カメラの位置は動かさずにカメラの周りを回転するように走る丹下左膳を360度パンする唐沢弘光。とにかく尋常じゃないカメラワーク。スピード感。わずか数十秒しかないのに新版大岡政談のすごさ、傑作ぶりが伝わる。

この刀の奪い合いシーンはまるでラグビーのようだと評されており、のちの山中貞雄の「盤嶽の一生」1933のクライマックスのスイカの奪い合いをラグビーとして描いたシーンにも影響を与えているのではないか。

シーン変わって捕り手の投げた目つぶしを避ける左膳。これはまた順番がバラバラに入っていて、二作目の「新版大岡政談第二篇」になる。

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これはお藤の密告により左膳が捕り手に追いつめられる場面で、目つぶしを投げられそれを瞬間地面に伏せてよける大河内伝次郎の身のこなしに驚嘆する。戸板に囲まれる場面も映像的に面白くてワクワクする。

「お前さん達 動くと危ないよ!この異人さんの玩具はひどく気短かだからね」

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そして銃を構えて左膳を助けるお藤。自分で左膳を密告しておいて自分で助ける、いわゆる自作自演。そうしてでも左膳の心を自分に向けたいと願うゆがんだ女心。伏見直江向きの役柄である。伏見直江は前年の「忠次旅日記御用篇」のお品役と同じにように銃を構える姿が艶っぽい。伊藤大輔は左手の立ち回りや銃を構える女の艶っぽさなど忠次旅日記から得たことをこの新版大岡政談につぎ込んでいる。

新版大岡政談の原作(林不忘)では左膳は両刀を海に投げ捨て、逃げるように去っていくラストなのだが、伊藤大輔ははっきりと自分のメッセージを打ち出すためにストーリーを改変している。映画では左膳は主君に裏切られ「おめでたいぞよ、丹下左膳!」と自嘲の叫びをはなち、もはや乾雲、坤龍を奪い取る理由も意味もなくなったのにもかかわらず、意地だけで刀を奪取しようとして命を失う。最後のシーンは壮絶である。

父の仇左膳を男装して追っていた弥生(伊藤みはる)の死骸を抱えて(男装した女性を抱きかかえながらというところが倒錯的でもある)「先立ちゆきし我等が同志よ。左膳もこれより参りまするぞ。乾坤両刀携えて、花嫁御寮の手を引いて・・・」自害した左膳の死体を戸板に乗せて運ぶシーンで完。

ここまで伊藤大輔演出のすごさ、唐沢弘光のカメラのすさまじさについて書いてきたが、このフィルムに迫力があるのは、大河内傳次郎の殺陣にもあることは一目瞭然だ。大河内の殺陣は他の時代劇スターたちとは違う。

阪東妻三郎は一寸の間合いで抜くところを、(大河内傳次郎は)ビシーッ、生身に当たらなければ納得しません。からみの肩を斬らせるのは肩に、胴を斬らせるのは胴に綿を入れて、無二無三にかかっていく。それでもタンコブだらけの生傷だらけ。大河内傳次郎の殺陣には膏薬代が出た(笑)ー伊藤大輔「鞍馬天狗のおじさんは」より


殺陣では刀を体に当てないようにする技術を誇った役者もいたが、大河内傳次郎は極度の近眼のせいもあってか、刀をバシバシ当てる。共演者は死ぬ思いをしたでしょうが、そのため大河内の殺陣には異様な迫力がある。(ちなみに1920年代は立ち廻りに本身を使用していたそうです!もちろん刃びきしたものですが。それを考えるとよく死人がでなかったな〜)それに目つぶしを避けるあの身のこなし!。大河内当時30歳。

この玩具フィルムを見て思いを新たにしたのは・・・「新版大岡政談」がある程度完全な形で発見されるまで生きていたいという切なる想いだ。

動画をアップロードしていただいた片岡一郎さんありがとうございました。
posted by シンジ at 17:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする