2016年02月10日

2015年めっちゃ面白かった本ベスト10

2015年度ベストBOOKを発表します。ベスト10とありますが、11冊面白かった本を紹介します。

11位エマニュエル・トッド「移民の運命」
欧州を代表する知性としてピケティと並んで日本のメディアに取り上げられることも多いエマニュエル・トッドが世界中の家族形態を調査して、移民を受け入れる体制が、国ごとの家族形態によって異なることを論証する。それはおおまかに「普遍主義」と「差異主義」の二つに分けられる。この場合ものすごく大ざっぱに説明すると普遍主義とは「人間はみな同じようなもので大した違いはない」という考え。差異主義は「人間は生まれや育ち、環境によってまったく違うものとして存在する」という考え方のこと。トッドは左翼にして愛国者であることを隠しもせず、フランスの形態である「普遍主義」こそがもっとも移民を受け入れる体制としてふさわしいと豪語するのである。普遍主義とはこの場合「同化主義」を意味する。「差異主義」の国々では「多文化主義」という美名の下に各民族ごとの「隔離政策」が行われているに過ぎないというのだ(差異主義の代表的な国はドイツ、日本、アメリカ)。その証拠にフランスでは人種混交率が他の国より高い。こうした人種混交=同化主義こそが移民問題を解決する鍵となるというのだが、もはやトッドが自慢するようなフランスの同化政策は揺らいでいるのが現実だ。欧州で最も極右が台頭し、移民に対する風当たりが強い国、移民たちにもフランスは移民したくない国筆頭として挙げられるようになってしまっている。トッドの斬新な研究が、容赦ない現実によって無残にも洗い流されようとしているのを読んで味わうのもまた一興というわけで、あえてベスト10圏外の11位からはじめてみた。

10位ビートきよし「相方」
ツービート、ビートたけしファンにとっては、意外な浅草時代の真実が明かされている。一般的なイメージとして才気あふれるたけしによって凡庸なきよしが引き上げられツービートが結成されたというものがあるが、実際は浅草にいた頃のたけしはとにかくやる気ゼロ、酒を飲んでは客前に出て暴言を吐くような、自暴自棄なダメ人間だったのだ。そうしたやる気のないダメ人間のたけしを才能はないが野心とやる気だけはあるきよしが説得し、強引に漫才に引き込み、やる気を出させ、救いあげたというのだ。また長年の相方だけあって、たけしに対する観察眼も並々ならぬものがある。とくにたけしが自分がステップアップするために誰の力を利用したらよいかの嗅覚が並外れていたと喝破するところなど、あのきよし師匠に非凡ささえ感じてしまう。・・・まぁゴーストライターが書いてるんだろうけど。

9位ジョエル・ディケール「ハリー・クバート事件」
なんか最近読む外国のミステリーに過去の陰惨な事件をたどっていく形式のものが多い。アイスランドのミステリ作家インドリダソンの全作品をはじめ北欧のミステリ、ジャック・カーリィの髑髏の檻などなど。ハリー・クバート事件も30年前の事件が現代によみがえる形式になっている。そしてひとりの女を多面的に描くのはルメートルの「その女アレックス」でもあり黒澤の「羅生門」のようでもある。この作品の非凡さは羅生門からシラノ・ド・ベルジュラックへと変転していく万華鏡的展開にある。ちなみにこの作品アマゾンのレビューでは評価が低いが、めっちゃ面白いんで無視してください。本にしろ、映画にしろ、食べ物にしろ他人の評価は当てにしちゃならんです。2011年映画秘宝でワースト1だった作品に「スーパー8」なる作品がありますが、これは私大好きな作品ですし、食べログで評価の高いラーメン店に行くと、がっかりすることがたびたびあります。他人の評価を当てにしていると本当に素晴らしいものを見逃すことになります。

8位森本あんり「反知性主義・アメリカが生んだ「熱病」の正体」
日本では反知性主義とは(自民党などを支持する)知的レベルの低い大衆を批判する言葉として近年知識人を中心に頻繁に使われているが、反知性主義という運動や言葉が生まれたアメリカではまったく違う意味であるという。むしろ反知性主義はキリスト教エリートたちに対する大衆側からの反発や批判を意味していた。反知性主義とは反エリート主義、反権威主義という積極的で肯定的な意味合いを持つものなのだ。これを読んじゃうともう安易に反知性主義というレッテルを他人に貼ることができなくなってしまう。残念だったね内田樹先生。

7位ブレイク・クラウチ「パインズ」「ウエイワード」「ラストタウン」ウエイワード・パインズ三部作
1作目のアイデア一発勝負ものがまさか3部作も続けることができるなんて。しかも3作とも面白い!なんも考えずにジェットコースターに身を任せる感じで読み進めていけばよい。面白くて時間を忘れて夢中になってしまう。難しいことなんて何一つない。ミステリも、SFも、モンスターパニックもなんでもござれの、これがTHE娯楽である。

6位フェルディナント・フォン・シーラッハ「禁忌」
前半部分は文学的香気が充溢してて「これは傑作やな〜」と思っていたんですが、後半の裁判部分、真相に差し掛かると「おい!なんやこの茶番!」となる非常に読者を混乱させてくれる作品です。この作品はある人にとってはベスト作でもあるでしょうし、別の人にとってはワースト作にもなる。でもこうやって読者を混乱させることがシーラッハの目的であるならば、私はまんまとその罠に引っかかったといえるわけでこの順位にしました。

5位米澤穂信「王とサーカス」
これは禁忌とは逆で、前半は退屈なミステリで「なんや平凡なミステリやな」と。米澤先生の好調もここで途切れるかなと思っていたんですが、終盤になってきて「うわ〜そうきたか〜米澤やべ〜!」となりましたよね。ミステリは本筋を隠すためのものにすぎなくて、本当に伝えたいメッセージがラストにドカン!と提示されるのにびっくり。ニュースを消費するメディアや私たち読者にも襲い掛かってくる真の犯人の恐ろしさ。米澤穂信絶好調。

4位ピエール・ルメートル「悲しみのイレーヌ」
これに関しては長文を書いていますので、そちらを参照していただければ。「その女アレックス」にもびっくりしたけど、ミステリ好きにはこっちのほうがショックが大きいかもしれない。
ピエール・ルメートル「悲しみのイレーヌ」の真の犯人は読者である。

3位イアン・マキューアン「初夜」
マキューアンのなにがすごいって文章がすごい。翻訳者の村松潔氏もすごいんでしょうけど、この心のひだの裏の奥のほうまで表現する文章力。ゾッとするけど美しい。華麗なんだけど吐き気を催す筆致にクラクラする。特にこの初夜はマキューアン節が炸裂してる大傑作で、SEXがテーマなんだけど、そのSEX描写のおぞましさたるや・・・もう一生童貞でかまいません的なギブアップせざるえない強烈な描写。おぞましいまでのSEXに対する嫌悪が克明に描かれるのである。すんごい、ホントすんごい。

2位ジョン・ウィリアムズ「ストーナー」
外国文学ではこれがダントツの1位です。ナボコフは「小説に「実人生」を探すという致命的な誤りを犯さぬように最善の努力をしたいものだ。」というようなことを書いている。その意図は、文学がなんらかのイデオロギーや社会的メッセージの奴隷であることへの拒絶にあります。ナボコフにとって作品の本質は社会の中にはなく、作品の中にしかないのです。
「文学は狼が来たと叫びながら、少年が走ってきたが、その後ろには狼なんかいなかったというその日に生まれたのである」ー「ナボコフの文学講義」

ナボコフの言いたいこともわかります。しかし、私は文学の中に実人生を、自分自身を見つけたいのです。私は作品に感情移入し、共感し、没入できることを無上の喜びとする凡庸な読者です。文学に高度な読み、ハイコンテクストを読解することを求める作品は、私には関係ない作品でしかない。そしてこのストーナーは恐ろしいまでの感情移入と没入感をもたらすがゆえに私にとって最も大切な作品となったのです。もちろんここに描かれる主人公は私とはまったく関わりのない、住んでいる世界も、考えも何から何まで違う世界の住人にすぎません。しかもこの作品で描かれることはどこにでもある苦悩であり、ありふれた悲しみでしかありません。主人公ストーナーは苦悩や悲しみ、災難に雄雄しく立ち向かうわけでもなく、ただじっと静かに受け止めるだけです。みずからにふりかかる災難や不幸に対し、なすすべもなく立ちすくむしかないストーナーは誰でもない私たちそのものだ。人生の苦悩や困難がなにかのきっかけでいっぺんに解決することはほとんどなく、その苦しみや困難と渋々ながらもつきあっていくしかない。まさに平凡極まりないわたしたちの姿が描かれている。しかし同じ平凡な人間を描くフローベールの視点が冷徹な観察から来るものだったのに対し、ウィリアムズは、「確かに平凡で愚かな人間の人生は苦しみに満ちている・・・しかしそれでも美しい」。という平凡さから「美」を取り出すことに成功しているのだ。これほどの作品にはめったにお目にかかれない。極上の読書体験。

1位ロドニー・スターク「キリスト教とローマ帝国」
2015年度もっとも知的興奮を覚えたウルトラ大傑作とはこの本のことだ。ローマ帝国のはずれで起こった小さなカルト宗教が、あまたの宗教を駆逐し、ローマ帝国全体を支配するようになったのはなぜか?それを著者は数量的、社会科学的アプローチでこれまでにない説得力をもって論証していくのである。圧巻というほかない。この作品の面白さはそこだけではない。この本にはカルト宗教、新興宗教の運営者ばかりでなく、アイドル運営者にとってもヒントとなるような具体的なことが書かれているのだ。はっきりいって新興宗教指導者はみんなこの本を読んだほうがよい。信者獲得、アイドル運営にとってはファン獲得の重大なヒントがつまっている。こういう学術書が実社会で応用できてしまうのは大変面白く危険である。

シンジの2015年ベストBOOK
1位ロドニー・スターク「キリスト教とローマ帝国」
2位ジョン・ウィリアムズ「ストーナー」
3位イアン・マキューアン「初夜」
4位ピエール・ルメートル「悲しみのイレーヌ」
5位米澤穂信「王とサーカス」
6位フェルディナント・フォン・シーラッハ「禁忌」
7位ブレイク・クラウチ「パインズ」「ウエイワード」「ラストタウン」ウエイワード三部作
8位森本あんり「反知性主義アメリカが生んだ「熱病」の正体」
9位ジョエル・ディケール「ハリー・クバート事件」
10位ビートきよし「相方」
11位エマニュエル・トッド「移民の運命」
posted by シンジ at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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