早速2013年小説ベスト10を発表します。(新作旧作混合です)小説以外ベスト10もやるかも。
10位「第四解剖室」スティーヴン・キング
キングの短編集はどれも傑作ぞろいで、どれから読んでもいいけど、これは純文学系キングの面白さを堪能できます。「ジャック・ハミルトンの死」、「愛するものはぜんぶさらいとられる」の素晴らしさはカポーティやサリンジャーの最良の短編にも匹敵する。twitterでこんな感想を書いた。
「第四解剖室」で一番の傑作は「ジャック・ハミルトンの死」だ。実在のギャングであるジョン・ディリンジャーの逃亡劇。ディリンジャーの子分ハミルトンは逃亡中銃で撃たれ致命傷を負うが、なかなか死なずに逃亡を続ける。この緊張感とユーモアの絶妙な味わいが素晴らしい。
いわばハミルトンの死が延々遅延されるわけだ。最近読んだポーの「メエルシュトレエムに呑まれて」も死が遅延される話だったけど、死が遅延されるというのはどういう状況かというと此岸にいながら彼岸に脚をかけている状況のこと。
これはいわば生きながら死を体験しているような独特の状況なわけで。ウィトゲンシュタインは論考で「死は人生の出来事ではない。人は死を経験しない」といっている。
人間は本来死を経験できないものだ。だが文学は現実的には絶対あり得ないものを現出させてしまう。それがポーやキング作品で描かれる「死の遅延化」だ。死が延々と引き延ばされていくと此岸や彼岸そのどちらでもない中空に宙づりにされる。その宙づり感がたまらなく好きなのだ。
9位「オール・クリア2」コニー・ウィリス
オックスフォード大学史学科のタイムトラベルシリーズ。本当は「ブラック・アウト」「オール・クリア1・2」の三分冊だが、とにかく冗長すぎる。プロットが遅々として進まないので、ブラックアウトとオールクリア1は圏外に。でも我慢して読み進めた分このオール・クリア2で衝撃と感動が大爆発する。長いのを我慢した甲斐があった(苦笑)
8位「ゴーン・ガール」ギリアン・フリン
上巻は夫婦の悲しいすれ違いを丹念に描き、無神経な夫がいかに妻を追い詰めていったかが描かれる。読者は読み進めるうちに、もしかして行方不明の妻は夫が殺したんじゃないかと疑い始める。ところが下巻になるとこれが180度ひっくり返るのである。この読者を翻弄し、完璧にコントロールする作者こそゴーン・ガールその人である。ゴーン・ガール詳しい書評はこちら
7位「99%の誘拐」岡嶋二人
1988年に書かれたコンピュータ犯罪ものなんて今読んだら古臭くて読んでいられないと思うだろう。だがこの作品はそうした読者の傲慢な思い込みを軽く一蹴する。「99%の誘拐」の驚くべきところはまったく古びていないどころか、この斬新きわまりない誘拐方法を越える誘拐ものがいまだ出てきていないということだ。半永久的に古びないこのアイデアに100万点。
6位「緑の影、白い鯨」レイ・ブラッドベリ
ブラッドベリが映画「白鯨」の脚本を書くためアイルランドに住むジョン・ヒューストンの元へ行き、1年もの間アイルランドで暮らす。傍若無人の怪物ヒューストンに翻弄され、泣かされるブラッドベリ。ほとんどマンガみたいなアイルランドの人々とのつきあい。いったいどこまでが現実で、どこまでが虚構なのか、その境界の曖昧さがこの作品を特異で美しい作品にしている。ヒューストンの毒舌があまりにひどいのでいつも涙をポロポロこぼすブラッドベリ(ブラッドリ萌えがこの作品の重要点)にヒューストンの人たらしが炸裂する場面。ヒューストンは泣くブラッドベリの肩をそっとやさしく抱き寄せ、「きみは、私がきみに惚れこんでる半分も私に惚れていない!」いや〜ヒューストンずるい。
5位「夜がはじまるとき」スティーヴン・キング
キングの短編集で特に好きなのはこれですかね。「N」はクトゥルー神話もので、キングなんてたいして怖くないとほざいてる人はこれを読めと。人間には絶対理解不能なものを描く時のキングの筆致のすごさに脱帽するしかない。この文章力はしびれる。そして日常にある恐怖を描いた大傑作「どんづまりの窮地」工事現場によくある簡易トイレに閉じ込められた男のうんちまみれの脱出劇。絵づらは滑稽だけど、簡易トイレに閉じ込められることをこれほど恐ろしく描ける人が世界にどれだけいるというのか!?キング天才だよ。
4位「航路」コニー・ウィリス
まずコニー・ウィリスはこれを最初に読んでくれといいたい。これを読んだら完全にコニー・ウィリス中毒になり禁断症状が出て次から次へと読みたくなること必定。ニア・デス・イクスピアリアンス(N・D・E、臨死体験)を人工的に作り出せる新薬が開発され、その実験台になるうちに主人公は妙なことに気づく。いつも体験するN・D・Eの場所に見覚えがあるのだ。一体その場所とはどこなのか?予想のはるか斜め上をいく超展開にびっくりする。しかも超展開なだけではなく、神経科学的にも説得力のあるストーリーにもなっている。とにかく読みすすめるたびにびっくりしっぱなしで、一気読みかつ徹夜必至のジェットコースター本。すごいよこれ。
3位「草の竪琴」カポーティ
カポーティの少年時代を投影した作品はどれも傑作だけど、これが一番だと思う。とにかくカポーティの描くおばあちゃん、おじいちゃんの魅力ったらないね。またこのばあちゃん、じいちゃんが心に染み入るような名言連発するから、ついつい本に線を引いてしまう。幻想のように美しい子供時代へ限りない愛情をこめた惜別の物語。
2位「聖餐城」皆川博子
私の皆川博子愛は「開かせていただき光栄です」とこの「聖餐城」で決定的となった。17世紀のヨーロッパ宗教戦争をサヴァイヴするユダヤ商人と傭兵の物語。国家を運営するユダヤ人と戦場を駆け巡る傭兵の二つの視点から30年戦争の実相を描く。実在した歴史上の人物も数多く登場し、宗教戦争の実態や、当時の国際社会の仕組み、非情な戦場の実態、さらにオカルティズムまで盛り込んだウンベルト・エーコ越えの大傑作。あと皆川博子を読んでいて強く感じるのは、人間に対する信頼と愛だ。どんなに残酷な物語であろうと、その根底には人間への信頼があるから読んでいてすがすがしい。
1位「11/22/63」スティーヴン・キング
タイムトラベルをしてケネディ大統領の暗殺をくいとめるというアイデアは面白いけど、とりたてて独創的なアイデアというわけではない。しかしキングが仕掛けたアイデアはそれだけではなかった。2011年主人公がいる世界に空いたタイムトラベルの穴は1958年の同日同場所にしか通じていない。何度でも出入り可能で、過去に戻って歴史を変えてから現在に戻るとちゃんと歴史は改変されているが、また穴に入って過去に戻るとすべてがリセットされ、また1958年からやり直しになるのだ。このアイデアはこの物語を構築する最高最大のアイデアとなった。つまり穴に入ったらケネディ暗殺の1963年までず〜っと過去のアメリカですごさなければならないのだ。5年もの長い月日を凡庸な作家なら適当にショートカットするだろうが、残念、キングは天才だった。主人公が過ごす1958年から1963年のアメリカの日常を一切ショートカットせずに、たっぷり丁寧に描くのである。アメリカの社会状況、風俗、そしてITの舞台であるデリーも!(しかも1958年だからちょうどITと戦うあの子供たちに会えるのだ!)当時のアメリカをノスタルジーたっぷりに描くことはもちろん、アメリカの醜い面もきっちりと描く。キューバ危機による核の脅威に恐れおののくアメリカ国民が“アカ”に対する憎悪をつのらせる姿を見て「9.11直後の日々とあまりにも似ていた」(下巻p107)と書くキング。だがやはり作品中の白眉はジョーディの町での美しく輝くような栄光の日々だろう。主人公が高校教師となり生徒たちに教え教えられる日々の充実。おそらくキングがもっとも力をいれて書いたであろうチャリティショーの素晴らしさ。そして生涯をかけ愛する運命の人を見つけた喜び。そして主人公は決意する「もう二度と帰らない」と。主人公は過去のアメリカに骨をうずめる決心をするのだ。この場面に心震わせぬものはいないだろう。だが、主人公のそんな幸せな日々とは関係なく、刻一刻とケネディ暗殺のその日が近づいてくる。主人公のスリリングで輝くような人生が描かれるとともに、はたして本当にケネディ暗殺はオズワルドの単独犯だったのか?という探偵小説的な興趣も加わり、クライマックスに向かって怒涛の展開を見せる。とにかくあらゆるジャンル(純文、ミステリ、SF、歴史もの)を横断する2013年を代表する超絶大傑作。ルートビアを飲みながらどうぞ(飲んだことないけどサロンパスみたいな味だそうです笑)。本当に私としてはめずらしいけど、読んでいてページ数が少なくなるたびにさびしくなっていった。もっとずっとこの世界にいたい、この物語に終わってほしくないと切実に願った小説はひさしぶりだ。
映画ベスト10もやってくれたらうれしいです。
お返事ありがとうございます。
10本でも一般レベルと比べれば十分多いとは思いますよ。
ぼくもDVDは毎日見ているのですが年明けには並べたくなります。
ところでリンカーン批評は見事でした。
DVDトップ10とか、もしくは映画館でみた映画ベスト5とかでも参考になります。
もしくは年代無視で2013年に観た映画ベストとか。
ナンセンスな提案だったら無視してください。
ひきつづき読者をさせていただきます。