2013年08月27日

ギリアン・フリン「ゴーン・ガール」書評

ギリアン・フリン「ゴーン・ガール」を読む。

理想的な夫婦と周囲から見られていたエイミーとニック。だが結婚記念日の当日エイミーが消息を絶ち、その失踪には夫が関わっているのではないかと疑いを向けられ・・・

上巻では夫婦のすれ違いを微に入り細に入る、こと細かな描写で描きそのリアリズムに驚嘆する。夫であるニックはハンサムで人当たりのいい男として描かれるが、妻の日記であらわになっていく欠点、また欠点。ひとつひとつの欠点はどんな人間だってもつ欠点で決して夫は悪人ではないのにもかかわらず、そのひとつひとつが積み重なると、世にも嫌な男として現前しはじめるのだ。この執拗なまでの男下げの描写に感嘆と賞賛と寒気を禁じえない。

作者が女性だからなのか、男性の嫌な部分を見つけるのが抜群にうまい。最初は夫にあやしい感じすらなかったのに、徐々にこの男が妻を殺したんじゃないか?とじわじわと読者を誘導していく手並みがあざやか。

そしてそんな悪い、嫌な夫を愛そうとつとめるけなげな妻!・・・・だがこれは上巻まで、下巻で物語は一変する!(ここからネタバレあるから気をつけて)




上巻は上質な夫婦崩壊劇、男女のすれ違い劇を堪能したんだけど、下巻は完全に違うベクトルに突入する。なんと驚いたことに「白いドレスの女」になっちゃうのだ!「白いドレスの女」はご存知ローレンス・カスダン監督の傑作映画、っていえばもう書かなくても「ゴーン・ガール」がどんな小説かわかるよね。

失踪した妻は、けなげに夫を愛する妻ではなく、浮かび上がってくるのは一人の怪物的な女の姿。
「エイミーは幸せじゃないと神になりきろうとする。旧約聖書の神に」
「罰を与えるのさ、容赦なく」−「ゴーン・ガール」

悪魔的な頭脳をもち、用意周到に計画を立て他人を陥れていく一人の女の姿が明らかになるのだ。これ日本語版で上下巻にわけたのは正解。まるで違う種類の小説を二度楽しめるようになってる。

エイミーは確かに恐ろしい女だけど、それはモンスター的な恐ろしさとは違う。モンスターとは例えば、「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターみたいなのをいう。心のない、わけのわからない闇を抱えている理解不能の怪物。そういう怪物が主役だと読者としては心置きなく楽しめるもんなんだ。だってそんな怪物自分の周囲にはいないし、関わりあうこともない。だから非現実的なモンスター小説やモンスター映画はエンタメとして単純に楽しむことができる。

しかしエイミーは非現実的なモンスターではない。エイミーは人間としてひとつの論理に従って生きているだけなのだ(いびつではあるが)。その論理とは、

「私は常にほかの誰よりも優越していなければならない」だ。

自分の優越をおびやかすものはどのような手段を使っても排除しなければならない。エイミーはその考えに忠実なだけなのだ。確かに彼女は見ようによっては怪物に見えるかもしれない。だがそれは、得体の知れない怪物ではなく、人間的あまりにも人間的な怪物なのだ。

だからこの小説をサイコパスものや、モンスターものなどのジャンル小説として扱うのは間違っている。サイコパスやモンスターは現実には自分の周りには存在しない。存在しないがゆえに安心かつ単純にジャンルものとして楽しむことができてしまう。

だが、エイミーは違う。彼女が従うのは理解不能の闇ではなく、あくまで現実的な論理に従っているにすぎない。この論理は人間なら誰でももつ論理だろう。彼女が怪物ではないことを示す象徴的な場面がある。夫の前から姿を隠し、キャンプ場のようなところでひっそりと隠れて住むエイミーに近づく男女。彼らはエイミーと友人づきあいをしながら、容赦なくエイミーの全財産を奪う。怪物エイミーはここでは人を信じたがゆえに無残に裏切られる被害者でしかない。エイミーが優越の論理に従っているなら、金を奪った男女は金の論理に従っているにすぎない。どちらもただの人間にすぎないのだ。

物語は悪魔的な頭脳を持つ妻と、それを暴こうとする夫との死闘へとなだれ込み、そして予想だにしない着地を見せる。それは終わりなき終焉、果てしなく苦しみが続くクライマックスへ。一気読み必至の読書体験。これ映画化されるみたいだけど、多分エイミーをモンスターとして描くんだろうな〜。だったらそんな映画には興味ないな。ただの人間だから怖いんじゃないか。
posted by シンジ at 22:03| Comment(3) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
映画版の海外レビューを読む限り、その心配は杞憂に終わりそうですよ
http://www.rottentomatoes.com/m/gone_girl/
>>The stealthiest comedy since American Psycho
アメリカンサイコ以来のシリアスコメディらしいですw
Posted by あ at 2014年09月24日 11:35
自己愛が凄い人達は小学〜高校で密に接するとクラスに半分以上います。サイコパスは今まで五人はいましたね。 そこまでいかなくても自己の都合で 他人を苦しませる人達も多い。
妻はサイコパスまではいかないが人格障害なんでしょうね。
世界ではサイコまでじゃなく大なり小なり人格障害をもつ人は、三人に一人。日本の精神医学界は五人に三人ぐらいは…と言ってますからね
原作本の妻は珍しくともなんともないという事だろう…
Posted by サンタ at 2014年12月11日 13:51
偽ベートーベンと細胞の方は 日本人じゃない噂ありますが

精神科教授が学生に〇〇性サイコパスにはいるかもって言ってた

ネットとかでもそう言う人達もいましたね

エイミーみたいに自分しか知らない心って 怖いです。 けど周りであり得るかもって思います。
Posted by … at 2014年12月11日 14:02
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