2012年07月19日

欲望という名の「苦役列車」

映画「苦役列車」を見る。苦痛である。スクリーンという鏡に映った自分自身の醜い姿を2時間ものあいだ直視しつづけることは苦痛以外の何ものでもない。

しかしいったいこのスクリーンに映り続ける醜い自画像=北町貫多をつき動かしているものはなんだというのか。自分自身社会の底辺にいるにもかかわらず、同じ底辺にいる連中をさげすみ、リア充(80年代にそんな言葉はないが)を見ると嫉妬とルサンチマンでどす黒いものがはらわたの奥底からフツフツと湧き上がってくる。女を性欲の捌け口としか見ていないのに、心のつながりを持ちたがり、他人を見下しているのに、他人に認めて欲しいと人一倍願うこの唾棄すべきありふれた生き物をつき動かす得体の知れないものっていったいなんなんだろう。

劇中、貫多の人足仲間のマキタスポーツが言う「生きていて、いいことなんてひとつもないぞ」

人はいいことなんてひとつもないのに生きる。死ぬまで生きるしかない。ビートたけしはこういう「何も無くていいんだ。人は生まれて、生きて、死ぬ、これだけでたいしたもんだ」。明石家さんまはいう「生きてるだけで丸儲け」。つまり飢えもなく生命の危険もない、衣食住さえ足りた生活を送ることが出来ればそれが幸せなんだと。

それは一面の真実であるが、貫多とその似姿の私たちにはあてはまらない。人はただ生きているだけの状態に甘んじることが出来ない生き物だ。ただ生きているという、飢えや生命の危険がないというだけの状態に身を置けば、その状態から抜け出したいと思うのが人という生き物なのだ。自分を認めてくれる友が欲しい。愛してくれる女も欲しい。常に渇いた情念は何かを求めて、満たされることはない。貫多の他人や社会に対するルサンチマンは自尊心から来るというより、他者を求めるあまりの転倒した情念だろう。“ぼくはこれほど「おまえら」を欲しているのに「おまえら」ときたらぼくに見向きもしない”。(貫多はなぜか自分のことを“ぼく”という)

人はいままで欲してきたものが手元にあると、そんなものに見向きをせずに、手元にないものを求め続ける。つまり自分にないものを求め続けるそのことこそが人間を動かす原動力ということになる。それは通常「欲望」と呼ばれるが、自分の持ってないものをひたすら求め続けることが人間の原動力としての欲望なら、欲望はなんて“へんてこ”なんだろう!

「生きていていいことなんて一つもないぞ」。人は死ぬまで自分にないものを求めつづける、ということは「いいこと」は決して自分の手に入ることはないのだ。人は死ぬまで「いいこと」なしに生きなければならない。それはまるで死ぬために生きているみたいだ。

なぜか映画「苦役列車」を見ている間中、ずーっと「死」のことが頭を離れなかった。映画中「死」をにおわす描写や「死」をテーマにしているということはないのに映画を見ている私の脳裏から「死」が離れようとしないのだ。貫多はただ生きているだけ、自分がどこへ向かっているのかもわからず、自分を動かしているものがなにかもわからない得体の知れない欲望という名の列車に乗っている。自分がなにかを欲していることはわかっても、それがなにかはわからないのだ。

厭世的な人は、よく人間を例えて、人類は地球にとってのがん(癌)などというが、がんもまたわけのわからないものだ。がんは人間の体に寄生し増殖して臓器を食い荒らして人間を死に至らしめる。そして寄生先の人間が死ぬとがんもまた死滅するのだ。これほど滑稽なことがあるだろうか。がんはがん自身の死期を早めるために活動しているようなものなのだ。がんはまさか自分たちをつき動かしているものが自分たちを死に至らしめるものだとは露ほども知らない。

だがこれは人間も同じことだ。果たして人間は自分たちをつき動かしているものの正体を知っているといえるのだろうか。なぜこれほどまでに人は嫉妬し、恨み、呪い、憎み、欲するのか。先にそれを欲望と呼ぶといったが、では欲望とは一体何なのか。欲望は動物が本性的に持つ自己保存の働きだとしたら、なぜ人は飢えや生命の危険のない、ちゃんと生活できている状態で満足せずに、自分にないものを求め続けるのか。

人を動かしているものとがんを動かしているものはまったく同じだ。人は目隠しをされ、がんと同じ得体の知れない動力を積んだ苦役列車に乗せられている。それも行き着く先の駅の名は「死」である。

だが人はそんな苦役列車に乗せられていることに甘んじはしない。必死になってジタバタし、あたりかまわず引っ掻き回して抵抗する。それが北町貫多にとって「書くこと」である。「書くこと」によって得体の知れないものを制御できるわけでも、行く先の駅を変更できるわけでもない。それでも人は抵抗せずにはいられない。貫多にとって「書くこと」だけが自分にできる唯一の抵抗なのだ。
posted by シンジ at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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