1789年バスティーユ監獄襲撃から始まったフランス革命。その大混乱の様子を隣国のイングランドから見て、徹底的にフランス革命を批判したエドマンド・バーク。その肝は、一体正義の根拠はどこにあるのか?という問いだ。
フランス革命の基盤にあるルソーの思想。その正義の根拠となるのは「自然法」(自然権)に他ならない。しかしバークはルソーが正義の根拠とする自然状態時の自然人の自由を虚構と断じる。
ではバークは、なにが正義の根拠になるといっているのか。それこそが「慣習」である。慣習=伝統こそが正義の根拠となるべきものなのだ。まさにこれこそ「保守」のゆえんである。
また人が生きるうえで重要なのは、「固定観念」だとバークは言う。固定観念とは慣習により根付いた感情のことだ。人間のちっぽけな理性では正しい判断はのぞめない。しかし固定観念は理屈抜きの感情として積極的な行動を起こす原動力となる。たとえば・・・川で溺れた子供がいる。理性は助けに行くと自分の身もあぶないとブレーキをかけるが、固定観念=慣習による感情は子供を助けるために「考えなし」に川に飛び込むだろう。正義をなすのは理性ではなく感情なのだ。
人間の行動を決めるのが慣習に基づく感情なら、すべての権力の源泉もまた慣習である。
「いかなる権力も慣習を離れては存在しない」−バーク
その権力が揺らぐとどうなるか。国の権威が失墜すると、軍に歯止めが利かなくなる。そうなると、軍を掌握したものが、フランスの支配者=独裁者となるとバークが書いたのは、ナポレオンが登場する前である。
しかし、バークの保守主義には致命的な弱点がある。正義の根拠が慣習=伝統なら、専制国家や独裁国家が何百年と続けば、それも伝統となる。それが伝統でさえあるなら「正義」ということになってしまうではないか。独裁国家も専制政治も、階級差も、貧富の差もそれが「慣習」ならすべて正義となってしまうだろう。たしかに慣習の力は強い。それが正義の根拠となることもあるだろうし、人々の行動の源となっていることも事実だ。だが、慣習というのは時代を経てしまうとすりへって老朽化するものだ。時間を経るたびに正義の概念が変わっていくなら、時効性は正義の根拠とはなりえない。そうなるとバークの保守主義は意味のないものとなるのだろうか。
そうとはかぎらない。バークの保守主義に現代的意味があるとするならば、それは急進主義に対する徹底した批判にある。バークは現実の政治というものは利害対立があるから、どんなことでも議論を重ねて、妥協点を探りあうことだとする。しかし急進主義は「悪徳を放置するか、制度の全面廃止か」という暴力的なまでの二者択一を迫る。そこには善か悪かの二者択一だけがあり、議論も妥協も存在しない。
ここに急進主義の暴力性がある。「正義」である我々に従わないものは「悪」だ−これを排除せよ。正義=目的のためならどのような手段も正当化されてしまう。その結果がフランス革命のように罪もない多くの人たちが、虐殺されてしまうような事態を引き起こしたのだ。
いかなる合理的目的、いかに正当な規範、いかに理想的な計画、いかに美しい社会理念、いかなる正統性、合法性といえども、そのために人間が殺戮しあうことを正当化することはできない。−「政治的なものの概念」カール・シュミット
現実的な政治闘争を越え、それが神学闘争になった時どうなるかをカール・シュミットはこう言い放つ。
そのような戦争は政治的なものを越えでて、敵を同時に、道徳的その他の諸範疇においても蔑視し、たんに撃退するだけでなく、はっきり抹殺せざるえない非人間的怪物に仕立てあげずにはいない。−「政治的なものの概念」カール・シュミット
フランス革命の末路である。
バークはスピノザ的な「多数者」=民衆が政治にかかわれば、より良い判断ができるといった楽観的な民主主義観を否定する。
「個人なら自由を得ても分別がきくが、集団が自由を得ると暴力的な権力を手にしたことになる。」−バーク
そして政治が民衆に迎合しはじめると、「目的が手段を正当化」するはずが、逆に「手段が目的を否定」するはめになる。すなわち民主革命だったはずが、いつのまにやら独裁者が誕生するはめになるのだ。
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