2012年03月30日

ホッブズの「リヴァイアサン」第三部について

ホッブズのリヴァイアサンというと自然権や主権について書かれているリヴァイアサンの1巻と2巻(岩波文庫)は読んでいる人は多いと思うけど、聖書の解釈が延々と続く3〜4巻は読んでる人も少ないと思う。でも俺にとってはリヴァイアサンの3巻が一番面白い。3巻は主にキリスト教権力=ローマ法王の命令は何の法的拘束力もないことを聖書を根拠にして論証するというアクロバティックなことをしていますが、それとともにもっと大胆なことを主張しています。キリスト教のすべての根拠である聖書に実は根拠は無いということをも言っているのです。・・・いや根拠が無いとは書いていません、ただその根拠となるのが「教えるー聞く」関係にしかないといっているのです。「教えるー聞く」関係とは簡単に言うと「教育」のことです。それもキリスト教の根拠となることはたったひとつだけ「イエスはキリストである」ことを「信じる」こと。それを土台にした「教えるー聞く」関係こそがキリスト教のすべての根拠だとホッブズはいうのです。したがって聖書が神の言葉であることを「知る」必要は無く、聖書が神の言葉だと「信じる」ことがキリスト教の根拠のすべてなのです。この考えはすぐにある人の考えに結びつきます。ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」です。そして柄谷行人は「探究T」で他者とのコミュニケーションはすべからく 「教えるー学ぶ」関係になると書いています。ホッブズのリヴァイアサン3巻はホッブズmeetsウィトゲンシュタインmeets柄谷行人となるのです。


posted by シンジ at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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