2011年04月29日

円環の外へ・まほろ駅前発、アウトレイジ、紀子の食卓行き

映画「まほろ駅前多田便利軒」を見て、円環世界を描いた映画の傾向と対策を考える。

「まほろ駅前〜」のオープニングでは、この映画は閉じた町でのお話だとあらかじめ示される。この町に生まれた人間は、この町で育ち、この町で死ぬ。誰も出ていこうとしない町であると。

映画の構造もそうなっており、すべて町の中と町の住民だけのお話であり、多田(瑛太)と行天(松田龍平)の出会いで始まり、再会で終わる。この作品はまほろ市という円環世界を描いた映画であると。円環世界というのは出発点が終着点であるような世界のこと。その中だけで充足しているような、閉じた世界のことである。

こうした円環世界を描いた映画をいくつかあげて、映画における円環世界とは何かを批判的に探っていきたい。

円環世界とは何か。円環世界とは出発点が終着点であるような世界。つまり、時空間が円環し続けること。ただ繰り返すだけの時間があり、その場だけで充足している生成のない空間がある。端的に言えば停滞した世界のことである。

そこにあるのは同質性であり、同質的な共同体であり、同質的な価値観を持つことでしか承認されない世界である。そこでは何も生まれず、何も動かず、ただ繰り返すだけだ。

そうした円環世界をファンタジーとして描いたのが「まほろ駅前〜」や「三丁目の夕日」のような映画だ。「まほろ駅前〜」は見かけはそうは見えないかもしれないが、甘い甘いファンタジーである。

もちろんまほろの住人たちはみな苦い過去と現在を生きる普通の人々として描かれ、ファンタジーというよりリアリズムのように描かれる。だが、彼らが円環世界にとどまる限りにおいてファンタジーなのである。

その円環世界を唯一破れそうなのが行天であるが、結局行天は親も殺せず、町を出て行くことも出来ずに多田のもとへ舞い戻ってきたところで映画は終わる。同質的な共同体をかき乱しては去っていき、再び舞い戻ってくる・・・・・どう見ても“寅さん”です、本当にありがとうござ(略

「まほろ駅前〜」は人間の苦悩に焦点を当てながら、構造的には「男はつらいよ」と同じことをやっている。山田洋次は「おとうと」(2010)で寅さん(的存在の鶴瓶)が家族や社会からはじき出されてどのように死んでいくのかを冷徹に描き、「男はつらいよ」的世界の一歩先を描いているというのに。

山田洋次80歳、大森立嗣40歳。それでいいのか大森立嗣。

ではもうひとつの円環世界を描いた映画「アウトレイジ」を考察する。北野武は同じような閉じた円環世界をどのように描いたか。もういうまでもないことだが、円環世界には絶望しかないことを北野武は「アウトレイジ」ではっきりと描いた。

誰ひとりこの絶望的な円環世界の鎖を断ち切ろうとせず、この同質的な世界、同質的な共同体、同質的な価値観を頑なに守りとおそうとする。その価値観を絶対とする暴力集団はただひたすら殺しあうだけだ。

閉じた世界の中では同一の価値観しか認められない。たとえその価値観が空疎なものであろうとも、閉じた世界の中ではその価値は絶対である。「アウトレイジ」ではそれは「権力闘争」ののち「殺しあう」ことでしかない。

だから「アウトレイジ」を注意深く見た人は気づいたと思うが、北野武率いる大友組は誰一人として反撃もせず、抵抗らしい抵抗もせずに死んでいくのだ。

映画を見ていておかしいとは思わなかったろうか?

武闘派揃いの大友組が何の反撃も逆襲もせずに、ただ逃げまどい殺されていく姿を。彼らが抵抗もせずにあっさりと自分の死を受け入れる理由はただ一つしかない。

「死」だけが、この円環世界から逃れることのできる唯一の扉だからだ。

アウトレイジの「生」を見よ。カッターナイフで指つめをするシーンに象徴されるように、空疎な価値のために耐え難い苦痛を耐えてはじめて「生」が享受できるのだ。このような苦痛に満ちた「生」を引き延ばすことに一体どんな意味があるというのか。

「アウトレイジ」という円環世界の住人にとって死はむしろ「恵み」であり「救い」なのだ。

この閉じた円環世界を映画的に救う方法はたった一つしかない。「この円環の鎖を断ち切り、外へでること」だ。円環の外へ出たものだけが高貴な光、可能性の光をまとうことが出来る。

そしてその可能性を示したのが、園子温「紀子の食卓」(2005)だ。

家族という虚構、さらにレンタル家族という二重の虚構を経た上で、虚構を真実として引き受け、その中で生きようと決意したかに見える家族から再び去る吉高由里子。何重にも張り巡らされた虚構の、だがそれゆえに人をつかんで離さない価値を捨て去り、この円環から抜け出す吉高の姿は悲しくも尊い。

虚構を、すなわち同質の世界、同質の共同体、同質の価値観を捨ててでも円環の外に出ること。そこにしか映画の、人の可能性はない。

円環の中で生きることを選択する「まほろ駅前多田便利軒」、円環から「死」によって脱出する「アウトレイジ」、そして円環を断ち切り「外」へ出る「紀子の食卓」。

映画の可能性は「まほろ駅前〜」→「アウトレイジ」→「紀子の食卓」の順に示される。
posted by シンジ at 16:59| Comment(5) | TrackBack(0) | 映画批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 “アウトレイジ”を検索してたどりつきました。
 円環世界という切り口をとても面白く読ませていただきました。
 私もこの映画を鑑賞した折、出口なしの息苦しい感想を抱いたので、円環構造というキーワードに得心しました。
 そこで、この円環構造というキーワードで、北野映画のこれまでの作品を評していただきたく、リクエストしたく存じますがいかがでしょうか。
 というのも、たとえば、北野映画につねに出てくる“海(岸)”は(評のなかでもご指摘されているように)、終着点のような場所だと思うのです(ここからくびすを返すと、出発点になりますね)。
 注意深く見てはおりませんでしたが、“アウトレイジ”にはこの“海(岸)”が出てこなかったことにはさすがに気が付きました。
 円環構造の描かれ方に変化があったということでしょうか。お考えをお聞かせいただければと存じますが、いかがでしょうか。
Posted by 山口 at 2011年05月10日 23:15
アウトレイジにも海は出てきましたが(椎名桔平が殺される風力発電のある海岸)今までの映画とは「海」の意味が違っていたように思います。私は北野映画の海に彼岸と此岸の間の曖昧な場所を感じます。生でもない死でもない空間で戯れ続けること。「戯れ」とは現実ではなく幻想の世界に遊ぶ子供のことです。生でも死でも現実でもない世界。だからソナチネには死のにおいが充満しながら、息苦しさはまるでなかった。円環世界ではなく「外」に開かれていたのです。
Posted by シンジ at 2011年05月14日 00:45
 レスポンスありがとうございます。
 私のコメントでシンジさんの円環世界キーワードをピックアップさせていただいたところ、途中で円環“世界”を円環“構造”と意識せずに、変換しておりました(が、にもかかわらず、レスポンスいただきありがとうございます)。円環世界に訂正いたします。
 このたびのシンジさんのレスポンスのなかで、「戯れ」という概念を提示いただき、またしても得心しました。
 そういえば、北野映画ではつねに“世界の行き止まり”として“海(岸)”が示されたかと思いきや、そこはただちに「戯れ」の空間へと変容させられていたかと思います。
 そこで質問なのですが(たびたび厚かましくも質問ばかりで恐縮です)、今回のレスポンスでシンジさんは、“「戯れ」が「外」に開かれる契機となる”というふうに結論を書かれているようにお見受けしたのですが、「戯れ」と「外」がどのように繋がるのか、補足で説明をいただきたく存じますが、いかがでしょうか。
Posted by 山口 at 2011年05月25日 22:15
北野武にとって「海」は「死」を意味するのだとしたら、「死」を前にして戯れることは、「死」の延期。つまり完全に無為の、無意味の、無目的である戯れは、時間の外に出るということ。すなわち、ただ戯れるだけの存在は、時間的存在であることを拒絶している。いわば戯れる存在は円環世界の内と外の狭間にただよう。ここで認めなければならないのは、北野武自身は円環世界から出るためには「死ぬしかない」と確信していることだと思います。北野武にとって「外」はタナトスによってしか表現できないものなのです。死を延期し、時間を無化する戯れーモラトリアムは死と生の境界線を曖昧にします。その場所がタナトスによってすべて押し流されてしまうまでの猶予期間に北野武は美を見るのではないでしょうか。
Posted by シンジ at 2011年05月29日 01:08
この映画が結果的に閉じた世界になっているという指摘はなるほどと思いました。村上春樹の小説は主人公がちゃんと脱出しますよね。この映画の二人を見ていると、昔は下宿の学生がモラトリアム的にこういう風にバイトしながらプラプラ生活していたなと思いました。今は多くの社会人の若者が非正規雇用で転職を繰り返し、永遠にモラトリアムから脱出できないのですよね。この映画は閉塞した日本の縮図ともいえるのでしょうか。某政治家にあまり賛成ではありませんが、日本を変えてもらわないといけないのでしょうか。でも昭和初期の日本みたいにされても嫌だな。
Posted by まなぶ at 2012年03月03日 18:09
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