2010年04月02日

黒澤明「白痴」完全版はどこにある?

「ぶれない男 熊井啓」西村雄一郎著に黒澤明の「白痴」(1951)完全版の行方のことが書かれており、興味深いのでここに記す。

黒澤は「羅生門」(1950)を撮った後、松竹で「白痴」を撮るが、最初に編集し終えた時点で「白痴」は計4時間26分になっていた。松竹は興行上の理由からカットを要求。そこで黒澤が切ったのが3時間2分の版。その3時間2分版で封切ったもののあまりの評判の悪さに三日で興行が打ち切りに。

松竹は全国封切の際にさらなるカットを黒澤に要求。そのときに黒澤明の有名な言葉が飛び出す。
「これ以上切りたければフィルムを縦に切れ!」

そのカットされた短縮版が2時間46分。現在流通しているのもこの2時間46分版である。

熊井啓監督がキネマ旬報黒澤明追悼号で「白痴」完全版を確認したと書いたのは、最初に黒澤が編集したバージョンの4時間26分のことである。

熊井監督は独自の調査により、とある中部地方、そして四国に足を運び、情報提供者、フィルムの所持者に会ってきたそうである。そして「白痴」4時間完全版の存在をその目で確認した。

では、なぜその所在が明らかになっていながら、フィルムが表に出てこないのか・・・つまりは法律に触れるからである、そこで犯罪が行われたからである。何者かが白痴完全版を盗み出し所持しているのだ。

そこで検索してみると、いろいろと新事実が浮かび上がってくる。

4時間以上ある『白痴』完全版は、東劇と札幌小樽でロードショー公開したときに使用したプリントで全部で3本あった。
その後、2番館3番館でも上映されたが、損傷のため2本がジャンクされた。
残り1本が不明な訳だが、1960年代に長野県で短縮版(現在観られるバージョン)にないシーンを観たとの証言があった。
熊井啓は、その証言を元に探し出した可能性が高いとのこと。
地方の映画館があい次いで閉館した時、映画好きが手に入れたのではないか。〜曲軒の福岡映画日記より抜粋

この記述でだいぶわかってきたような。つまりこのジャンクされなかった一本を誰かが秘かに持ち出したのだ。熊井啓監督はそれを中部地方、つまり長野県の情報提供者に教えられ、実際に所持してる人は四国にいるということか・・・。
ん、ちょっと待て、最初に東劇で公開されたバージョンは3時間2分版ではないのか?ちょっとわからなくなってきた・・。

追記・Twitterでやりとりしているうちにいろんなことがわかってきた。
まず東劇、札幌で上映された「白痴」は4時間版ではなく3時間版とのこと。
黒澤明『白痴』について。KAWADE夢ムック『黒澤明』の「黒澤明 フィルモグラフィ&全作品解題」(鶴田浩司さんという方が書いています)によると、東劇(他、北海道の劇場)で上映されたのは「3時間版」とのことでした。ー@daratenさんのtweetより

ということは、東劇、札幌で上映された三本のうちの一本がその4時間完全版である可能性は低くなった。
「ぶれない男 熊井啓」では、はっきりと現存しているのは4時間26分版の「白痴」であると書かれているからだ。

となると恐ろしい事実が浮かび上がってくる。今現存しているのが4時間版の白痴なら、それは黒澤が編集した直後に盗まれたとしか考えられないからである。4時間版のフィルムは上映されてない。東劇で上映されたバージョンは3時間版なのだから。編集したてホヤホヤの4時間版を盗めるのは一体誰か。

公開前、流通前のフィルムを盗むのに一体どんな理由があるというのか?ここからは完全に安楽椅子探偵ごっこなので、適当なこと書いてるな、と読み流してください。

黒澤が心血をそそぎ、魂を削って完成した4時間26分の芸術。それは見事な完璧な作品だった。だが、そのあまりの長さから会社からはカットしろという命令が下る。カットするということはその完璧なフィルムを切り刻むということだけではなく、カットしたフィルムをジャンクとして永遠に葬り去ることを意味する。

ショックと怒りで打ち震える黒澤。それを見た黒澤の熱烈な信奉者は悪魔のような考えを思いつく。この芸術を切り刻んで永遠に葬り去ることなど許されることではない。俺が、この俺が、4時間版のフィルムを黙って持ち出してしまえばいいのだ・・・。かくして幻の4時間版白痴は私たちの前から消え去った。

そしてなぜか4時間版白痴が消え去ったことを、黒澤をはじめ誰も騒ぎ立てようとしなかった・・・。

さらにこんな事実まで

更に、かねてより噂のある、完全版「白痴」について訊いてみましたら、黒澤プロとして、完全版「白痴」のフィルムの実在を認めており保有者も判明しているが、明らかに出来る事は、これ限りの旨の返信を受けました。更に突っ込んで、此の件に関して質問をしたら、以後ぱったりと田畑氏(黒澤プロ代表取締役の田畑稔氏)からのメイルが途切れました。ー集まれ! 山中貞雄ファン掲示板より

なんと黒澤プロでは「白痴」完全版の保持者を把握しているとのこと。法律面はすでに時効になってると思うので、あとは名誉の問題ということになるのかな?いずれにしろ自分が生きている間に「白痴」完全版が出てこればいいなぁ。

追記・たまとわさんがTwitterでの「白痴」完全版の推理合戦の模様をまとめてくれました。「黒澤明監督『白痴』4時間25分完全版の行方を探して」
posted by シンジ at 21:18| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
失われたフイルム(抱寝の長脇差)の話、興味が尽きません。北米在の友人から聞いた話ですが、LAのトーランスに、ソビエト製の古いアニメやコマ撮り映画を販売している亡命ロシア人がいて、以前、パイオニアレーザーディスク社がそこからユーリ・ノルシュタインの初期の作品を復刻して販売したりしていたらしいんですが、その会社のオーナーは裕福なロシア人俳優で、栗原小巻の「モスクワ我が愛」にも出ていたそうです。ゴルバチョフ政権末期に、モス・フイルムが放出した古い無声映画コレクションをごっそりアメリカに持ちだしたらしく、かれのトーランスの倉庫には、ロシア以外の無声映画もあり、日本映画らしきフイルムも所持しているが、フイルムのメンテナンスの費用が無いため、放置してあるということです。

マキノ雅弘氏の自伝を読むと、「浪人街」はロシア映画祭に出品したらしき記載があるので、ひょっとしたら、という夢を持ってしまいます。

トーランスのこの業者の話も、もう何十年も前の都市伝説的な噂の範疇になってしまいました。
Posted by templeclubjapan at 2010年05月01日 05:29
ロシアからは鈴木重吉の「何が彼女をそうさせたか」や黒澤の「姿三四郎」も発見されてますから、「浪人街」がほこりをかぶって眠っていてもおかしくありません。貴重なお話ありがとうございました。
Posted by シンジ at 2010年05月02日 18:01
「ゼブラーマン2」の不入りは残念ですが、脚本が面白く無かったのが敗因なのは明らか。官九郎は「カムイ伝」からずっとスランプの様に見えます。

ここは、もっと作家性の強い脚本家を起用して、ゼブラーマン・ワールドをしっかり確立してから映画製作に踏み出す準備が必要ではないでしょうか?

人気漫画の映画化ではなく、オリジナルの発案と情熱でスタートしているこの企画ですが、「〜2」の不人気は大変残念です。

オリジナル作品は「まず、作家ありき、まず、脚本ありき」ですね。
Posted by templeclubjapan at 2010年05月05日 06:56
白川書院「日本映画縦断1〜3」ですが、この単行本のもとになった竹中労氏の「日本映画縦断、日本映画横断」(キネマ旬報連載)の仕事を、竹中労事務所で担当していました。連載の為の取材のひとつである伊藤大輔監督の訊き書き用のインタビュー(京都の御室の監督の自宅)はのべ4日間に及び、活字化されなかった部分を含む大量の録音テープが、いまだ竹中労事務所の「遺品」として残されています。そのほかに「李香蘭(山口淑子)」ほか7〜8人の映画関係者インタビューもまだ手付かずの録音テープが残されたままです。
Posted by templeculbjapan at 2010年05月16日 00:08
凄い!伊藤大輔監督のインタビューは映画史的にも貴重な資料ですね。
日本映画縦断はぜひとも復刊してほしい。
素晴らしいお話ありがとうございました。
Posted by シンジ at 2010年05月16日 18:17
『白痴』完全盤に関して興味深く読ませていただきました。
Posted by 丹治俊治 at 2012年04月17日 16:01
貴重な話をありがとうございます。
完全版の行方、気になります。
手元に脚本はあるのですが、どこら辺までしっかりと映像になっていたのかとても気になるところです。
いつか完全版が出ることを願っております。
Posted by syouko at 2017年07月02日 00:02
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