同業者の作家たちにとって冨樫義博は「ネームの真理に一番近い男」と言われている
と評したヘタッピマンガ研究所であるが、今回はより深く冨樫義博の作劇術に踏み込んでインタビューしている。
冨樫・漫画の技法を理論化するのは僕好きなんで
研究所・そういえば、冨樫先生の仕事場のスタッフさんだけに伝えられる、冨樫流ネーム虎の巻もあるって噂を聞いたんですが・・・昔先生が体調を崩して入院された時、連載で身につけてきた漫画作りのあらゆる技術をノートに書きとめたそうなんです。もし自分がこのままリタイアしてもアシさん達が食うに困らないようにと・・・
冨樫・いやーっいやいやいや、時間を持て余していただけですよ!
研究所・あのそれ・・・是非ひと目・・・
冨樫・いや、それがね〜字が汚すぎて僕しか読めないって有様で
(ちなみにこの虎の巻、部外者で内容を知る人間は原作者の稲垣一郎先生だけ。あるスタッフさんにこっそり見せて貰ったとの事であった)
研究所・そういうご自身の技術を理論化するという事はいつ頃から意識されていたんですか?デビュー作の「てんで性悪キューピッド」の頃から一話一話メチャクチャ綿密に、論理的に作ってあるなって印象だったんですが
冨樫・あーっあれね、うんっ(ゴホゴホ)ウ冠の富樫さんの作品ですけど
研究所・はい?
スタッフ井上・先生の中であの作品なかった事になってはるみたいなんですよ。
研究所・え・・・ええ!?そうなんですか!?
冨樫・もーそれっくらいね、打ちのめされたんですよ、毎週一話漫画を作る事の難しさに。その頃かなぁ、このままじゃイカン!って話作りのメソッドを本腰入れて組み立て始めたのは。初代担当の高橋さんの助けもあったんですけど。
研究所・具体的にはどんな事をされてたんですか?やっぱ本読まれたりとか・・・?
冨樫・そうですね、映画の脚本家の入門書なんかも読んで、そこにある技術を自分の中で消化したら自分なりの名前をつけたりしてね。いかにも私が考案しました!みたいにね。小説なんかだと時間がないから30ページくらいの短編をいっぱい読みました。筒井康隆さんとか最近だと平山夢明さんとか。
研究所・あ、平山さん!某先生も冨樫先生が読まれてるって聞いたら速攻買ってましたよ、あの人が読んでるなら絶対勉強になる!って。
冨樫・忙しいと長編小説ってちょっとわずらわしくて、中断すると内容忘れちゃったりするから、次読むとき結局最初っから読むハメになっちゃう。どんどん短編中心になって、しまいにはホント2,3ページで終わるような短編に移ってったんですよ。むしろ自分の中でそれを長く伸ばすんだったらどう膨らますかとか、そんな事を考えながら楽しんでました。
研究所・達人ともなるとそんな楽しみ方ができるんですね〜。
冨樫・あ、楽しむといえばね、「ハンター」の着想のきっかけになった趣味がありまして・・・
研究所・あっ、立て看板のコレクションっすね!(店頭等でよく見る等身大ポップ)変わったご趣味だな〜と思いましたが。
冨樫・まあ当時の担当さんにも怪訝な顔されましたけど。でもね、その集める過程が面白かったんですよ。レアもの探しはもちろん、金額の交渉になる事もたまにはありました。タダで譲ってくれる方もいれば絶対ダメ!って方もいて、そういう方はもう会った瞬間にわかるようになってましたね最終的には。
ーこれは今、手もとに単行本がないので(ダンボールの奥底にあるので探したくないw)巻数はいえませんがオークション篇で骨董品の取引を描いた場面に生かされていますね。しかしあの値段の駆け引きが実は冨樫先生の立て看板コレクション収集の駆け引きを元に描かれていたとは・・・面白いぞ先生)ーシンジ
研究所・コレクターの世界ですね。言われてみると「ハンター」って基本裏モノ探しの職業ですもんね。じゃあそれから色々なコレクターに取材されたりとか?
冨樫・いや、僕そういう事はあまりしないんです。基本的にウソが好きなんですよね。そこにどれだけ説得力を持たせるかって所に力を注ぐ方で。その辺については僕なりのコツというか・・・遊びがあるんです。
研究所・と、いいますと!?
冨樫・たとえばどこかで聞きかじったその世界の用語とか隠語とか、作中で使いたいな!と思ったときはなるべく自分で作った造語に置きかえたりして使うんです。そうして設定を組み上げていくと大ウソがポンとまぎれてももっともらしく思えたりするんですよ。ー3月号につづく
インタビューのその2はこちら「漫画家冨樫義博の作劇術その2」
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小さな事実を積み重ねていき大きなウソをつく。冨樫先生の話は作劇の基本ですね。以前にも書いたのですが、冨樫先生のスタイルとはプロット主義だと思う。プロットとはストーリーのことではなく
プロットとは・・・ひそかな計画、悪意のあるたくらみ、陰謀、策略のこと
プロットとストーリーの違いを小林信彦はこう書いています。
−美しい女の子Bは青年Cのフィアンセだった。その女の子Bに、青年Cの友人Aが惚れた。
これがストーリーなら
−青年Aは知り合った女の子Bに惚れて、友人Cに紹介した。ところが、実は、女の子BはCのフィアンセだったのである。
ごく単純な例をあげたが、これがプロットである。同じことを書いているようだが、プロットの方には<実は・・・>がある。−小林信彦
冨樫義博ほど読者の裏をかこうかこうとたくらむ漫画家を私は知りません。伏線の張り方の巧みさ(それも何巻先も見据えたかのような遠大な伏線)、常に読者の予想を上回る、時には裏切るプロット作りの巧みさ。冨樫ファンのひいき目かもしれませんが、タイトルにあえて「天才冨樫義博の」とつけさせてもらったのは偽らざる本音です。