2010年01月20日

アバターが変えたのは映像だけではなく演出と興行である

アバターがゴールデングローブ作品賞を受賞して、そろそろやっかみ半分からかい半分のアバター批判も出てくることかと思うので、いったいアバターとはなにか?ということを書いてみたいと思う。

3D映画ブームは昔から何度となく起こったが、そのつど、ハヤリモノ、キワモノあつかいされては廃れていった。しかし、今度の3Dブームは違う。

今回の3Dブームについてハリウッドで積極的に推進する人たちからは、“サイレントからトーキー”“モノクロからカラー”につづく映画史における3回目の革命と期待している。ー映画ビジネスデータブック

いままで流行っては廃れていった3Dとアバターの3Dとは何が違うのか?単純に映像面のことをいえば、従来の3Dは映像が目の前に飛び出すことを主な目的としたものならアバター3Dは、画面の奥行きを作り出したということが一番の発明といえるだろう。

アバターのオープニングを思い出して欲しい。宇宙船のコールドスリープから出てきた主人公の奥の奥まで空間が続いているのに「おおっ!」と思ったことでしょう。

この画面に奥行きを作り出すという発明は、映画の演出面において多大な影響をあたえている。

まず画面の奥行きがあると、全編フルCGの架空の世界でも、まるで本当にそれが実在するかのように感じられるという驚くべき効果がある。アバターの多くはもののけ姫的な神秘的な森林が舞台で当然すべてCGなんだけど、このゆれる草々、木々をいかにもCGだな〜と意識することが一瞬もない。(ヘリでパンドラの森に降りるシーンでのヘリの風で激しくたなびく草々がCGなんて!)

普段見ているCGを多用した映画に感じる、スクリーンと自己との乖離がおきにくいのだ。たとえばダイ・ハードを例に挙げると、1作目はあれほど手に汗握り夢中になって観たのに、ダイ・ハード4になると、あきらかに見せ場的には派手になったし、CG技術も格段にアップしたにもかかわらず、どうしても冷めてしまう自分がいる・・「はいはい、CG、CG、すごいすごい」・・という。最近のCG技術がすごすぎて、どんな無理なシーンや派手な見せ場でも簡単に作り上げてしまうゆえに逆にサスペンスが生み出しにくくなっている皮肉な現状。

アバター3Dにはこうした気持ちの乖離がほとんどない。奥行きのある映像が実在感を創出し、作り物のCG映像でちゃんと手に汗握るアクションとサスペンスが生み出されているのだ。

また、その世界が実在するという実感は、ナヴィ族というこの青いCGキャラ丸出しの存在をも実在感のあるものとして観るものに認識させてしまう。君は信じられるか!?ナヴィ族の女にマジ惚れする男(俺)がここに実在するということを!
AVTR-01S.jpg

さらにこの奥行き感は高低差という従来の映画では絶対演出不可能なことも可能にしてしまう。すなわち、高いところにいると“金玉がヒュン”となる現象を映像を見ているだけで実感できるのだ!正直これにはびっくりした。

高低差の演出というと、クリフハンガーとか劔岳とか、いわゆる山岳映画があるが、それらの映画でも高いところにいますよ〜という演出はされるのだが、それで"金玉がヒュン"としたことを経験した人はいないだろう。

これがアバターになると、高いところ、断崖絶壁の上から下をのぞき見る主観キャメラになると"金玉がヒュン"となる。これを体感したとき、これは映画の革命だなと実感した。

またこうした3D効果は演出面での変化を余儀なくされる。3D効果を表現するには、従来のハリウッド的演出ー素早いカッティング、アップの多用、ゆれまくり、常に動き回るキャメラワークがすべて否定される。それらは3D効果を台無しにするものでしかないからだ。

つまり3D効果を最大限発揮するには、長回し、フィックス(あるいはゆるやかなキャメラワーク)こそが最適という結果に。

これによりこれからの3Dハリウッド映画の演出法が、マイケル・ベイ的なものから、溝口・小津的なものへ転換せざるえないという、なんとも皮肉で痛快なことがおきてしまった。

アバターは現時点で全世界興収が16億ドル。タイタニックの18億ドルを超えるのも時間の問題だ。大ヒットした上に主要な映画賞まで取ってしまうと、巷ではそろそろJ・キャメロンに対する風当たりもきつくなってくるだろう。あれほど大当たりしたタイタニックでさえ、一部では嘲笑の対象になっているくらいだ。だが我々映画館主義者にとってキャメロンは恩人である。

キャメロンは「ターミネーター」(1984)「エイリアン2」(1986)「アビス」(1989)「ターミネーター2」(1991)「タイタニック」(1997)と次々に映像を革新し続けてきた。キャメロンはなぜここまでまるでせき立てられるかのように映像の技術革新を急いできたのか?その理由はたったひとつ・・映画館に客を呼び戻すこと・・それだけである。

某ひげ(首がない人ダークサイドの人)のようにマーチャンダイジングのために映画を作っているのではなく、いかにして映画館に客を呼び込むかという“見せ物”としての興行を考え、それを映像の技術革新によってなしとげるという、根っからの映画館主義者ーそれこそがジェームズ・キャメロンなのである。

10年以上前は絶滅の危機にあったロシアの映画館は「タイタニック」によって九死に一生を得た。映画館はこのヒット作で息を吹き返した経緯があり、キャメロン監督に恩義を感じているロシアの映画館主は多い。ーウォールストリートジャーナル日本版

キャメロンの映像革新は実際に映画館主をも救っているのだ。J・キャメロンに否定的な人でも、キャメロンがいかに映画館に人を集めるかを基本に映画を考えているかは理解できるだろう。映画館好きならキャメロンを嫌いになれるはずがない。

ジェームズ・キャメロンをありきたりなストーリーしか作れない平凡な映画作家だ、などとしたり顔で批判する連中はキャメロンが映像と興行両面で革命を起こしている現実をよく見るべき。



あとがき・・・自分はアバターをIMAX3Dで2回観ました(字幕版と吹き替え版)。字幕版は字幕が画面一個手前に浮き上がっていて変な感じ。あとIMAXはスクリーンが非常に大きいのでナヴィ族の言語が字幕で右上にでるのですが、視線をいちいち右上の方にあげると3D効果が台無しになってしまいます。そこは字幕を作る人も考えて欲しかった。アバターを観るなら吹き替え版をおすすめします。

IMAXでいいのは画面が鮮明なのでパンドラの森に浮いている微細な虫のようなものもはっきり見えることです。自分の目の前に小さな虫が浮いているのはパンドラという世界の実在感に一役も二役もかっていると思う。

アバターを実際にみた人でないとわからないと思うが、あの青い肌の女の人が死ぬほど好きです。ネイティリ最高!

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このお人はネイティリ役のゾーイ・サルダナ様です、伏して拝みなさい。
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posted by シンジ at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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