そうした日記からひもとかれた黒澤映画公開当時の生の記憶が当時の世相を直に経験したものにしかわからない時代の空気を伝えるのだ。特に驚いたところは「酔いどれ天使」(1948)が当時人々に与えた衝撃で
「酔いどれ天使」が当時の映画少年、青年にあたえたショックは、その後も例を知らない。<満員の新宿東宝>でこの映画を観た今村昌平は<日本映画にもホンモノがあったと胸打たれ>演劇青年をやめて<映画監督になろうと三年後、松竹を受けた>と記している。
浦山桐郎は<黒澤は神様みたいなもの>と信じて映画監督になった。今村は少し上だが、私の同世代には「酔いどれ天使」に心酔して映画を志した人々が多い。批判的と見えた大島渚さえ、<黒澤明「酔いどれ天使」から学ぶもの>というノートを残している。
このように映画青年に絶大な影響をあたえたと同時に一般大衆への影響力も凄まじかった。
黒澤明は明らかに<時代と寝て>おり、映画がそうなったことが大衆を発熱させたのである。一つの証言をしておくと、この映画によって街のやくざ、ちんぴらたちは、髪をリーゼント、ダブルの背広の下に絹のマフラーを巻くようになった。三船敏郎扮する松永が、そういうスタイルだったからだ。ー「黒澤明という時代」小林信彦著
戦時中の少年たちが「姿三四郎」に熱狂したというのは知っていたけど「酔いどれ天使」がこれほどまでに社会に衝撃をあたえたとは知らなかった。「時代と寝る」という表現は面白いな(小林信彦いわく「時代と寝る」という表現を初めて使ったのは三島由紀夫らしい)。
現代で時代と寝た映画や映画作家は誰だろう?と考えると宮崎駿くらいかな。今後そういった存在がでてくるかは期待薄としかいいようがない。


