2009年09月15日

八千草薫がエロすぎてディア・ドクター評

西川美和監督作ディアドクターはかなり評価もされて西川ファンとしてはうれしい限りなんですが、自分は前作の「ゆれる」を大傑作だと思ってまして、それに比べるとちょっと落ちるかな〜という評価だったんですよ。


でもほぼ日の糸井重里氏と西川監督の対談を読んでいて、いかに自分が浅い映画の見方しかしてこなかったか痛感させられたんですね。ひとつの映画をいい映画かそうでないのか評価するにはここまで微妙な演出や演技のニュアンスまで踏み込んで言語化できなければその映画を真に理解したとは言えないんだなという。


とくに糸井氏の対談ですごいなと思ったのは八千草薫がいかに女であるかという指摘で、自分はディアドクターの構造的な面ばかりにとらわれすぎていてまったく気づかなかった。鶴瓶が偽医者であることがいつばれるか?なんてプロット上のフックというだけであってこの映画の主題ではないし、逃げた後の刑事の追求、周囲の関係者、村人たちの証言といった市民ケーン的な構造にばかりに気が取られて肝心の鶴瓶+八千草の女と男の機微というものを映画から読み取れなかった自分は間違っていた(ようするに自分がいかにガキかということですが)


今となっては1回目に観たときのディアドクター評を削除したい気分、なのでリンクしませんが、糸井西川対談のおかげで視界を覆っていた霧が一気に晴れた気分を味わえたので、対談を引用しながらこの映画がいかにすごいかを書きたい。


糸井 主人公の鶴瓶さんが、未亡人役の八千草薫さんに、途中からどんどんなれなれしくなっていきますよね?

西川 ええ。

糸井 あの近づいていき方っていうのは、ものすごく、すてきでしたねえ。

西川 あ、そうですか。

糸井 これは女の監督だよ、と思った。

西川 えーー。

糸井 だんだんと図にのってくる感じっていうのは、女性からは、こう見えてるんだと思いました。ああなるまでに男は、ものすごい時間をかけて一歩ずつ進むんですよ。でも、女性から見たら、一気にああなったように見えるんですねぇ。

西川 いやいやいや、あれは女の願望なんですよ、単なる。

糸井 願望、ですか。

西川 そう。

糸井 ファンタジーなんだ。

西川 ファンタジーなんです。「こうだといいな」っていう。

糸井 はあー、女性の願望。

西川 はい。

糸井 こういう話をできて、ぼくは本当にたのしい(笑)。


そうなんだよ。ディアドクターは市民ケーン的な構造を持っているだけで鶴瓶のローズバッドなんてどうでもいいんだ。実は鶴瓶と八千草薫のエロティックな共犯関係が主題なんだよ(恋愛といってもいい)。それに気づくと鶴瓶と八千草のシーンすべてが色っぽく艶っぽく見えてくる。


糸井 ふつう、男はちっちゃいことを繰り返して、あの位置を獲得するんですよ。それを一気にやっちゃおうとするのが、肉体関係ですよね。でも、あの主人公はそれをやらない。なのに、あるところから、ムッと右肩上がりに「男」になるんです。それはまあ、「ご飯」の場面ですよね。

西川 ああ、そうですね。

糸井 八千草さんがご飯つくってるところを覗くんです。ちょっと料理を手伝って。慣れない手つきで、鶴瓶さんが。で、一緒に食べてる。女性の監督がああいうふうに撮るというのがぼくはおもしろくて。

西川 えーー。

糸井 八千草さんは台所まで入ってくる鶴瓶さんをまったくいぶかしく思ってないでしょ?
どうして? って思ってたんだけど、いま「女の願望なんです」って聞いたことでわかりましたよ、なるほどねえ。

糸井 あと、社内で観たやつとしゃべったんだけど、八千草さんの部屋って、女の匂いがぷんぷんするんですよ。それはもう八千草さんのおかげだし、映画のさまざまな結晶なんですけど、あの部屋を開けると、女の匂いがするんです。もう、すばらしく、いやらしかった(笑)。

糸井 野良着も似合うし。

西川 野良着も似合うんですよ。

糸井 「しゃんとしてる」とか「凛としてる」ってところじゃない部分で、きれいさを表現できてますよね。

西川 ええ。

糸井 「孤独なのに、きりっとしてますね」と言われたらダメな役なので。それだと、鶴瓶さんのつけ込むスキがないんですよ。

西川 たしかに。

糸井 押されたら、こう、傾く感じがないと。

西川 そうですね(笑)。

糸井 まさにその感じですよ、八千草さん。


ああ〜わかりすぎるw確かに八千草薫なら鶴瓶のつけこむ隙があるんだよ。独り身で誰の干渉も受けない強さを持った女じゃダメなんだ。しかも上品なのに野良着も似合う!完璧なキャスティングです。これで八千草薫が女優賞総なめしなかったら怒るよ。


鶴瓶、八千草のエロティックな関係性がもろにでてくるのは、お互い嘘をつきあおうと「契約」をかわした後。その後の二人のウソ会話がもう震えが来るほどエロい。診療所に来た八千草と鶴瓶がかわす、まるで演技めいた空々しい会話が二人のエロティックな共犯関係をみごとにうつしだす。


あと、八千草の自宅まで診療にきた鶴瓶が点滴をうつために横たわる八千草のすぐかたわらであぐらをかきながら新聞を広げて点滴が終わるのを待っているそのオスくささに感動する。二人はもちろん肉体関係などないのに西川監督はさも二人が男と女の関係であるかのように描写しているのだ。恐ろしい女だよ西川美和は。


こうした数々の微妙なニュアンスとともに描かれるエロティシズムを無視して、映画の構造がどうたらこうたら批評していた自分が恥ずかしい。


ディアドクター2回目をみた後の反省として、映画の構造を語ることが映画を批評したことには決してならないということを痛感。画面にうつしだされているものをちゃんと観ることというハスミ先生みたいな至極当たり前のことに気づかせてくれた。この映画をよくわからないという人は糸井西川対談を読んでからもう一度見にいくと驚くほどクリアに映画のことがわかると思う。
posted by シンジ at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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